桜吹雪が舞う頃に
 家に入り加賀野の部屋に向かうようだ。マジでいいのかな? いや、別に襲わないけど。気にするだろ? 普通は。

「ここ、私の部屋。中でちょっと待っててね」

 と言って加賀野の部屋に入ってから加賀野は立ち去る。
 仕方ない。本人がいいと言ってるし。中に入り座って加賀野を待つ。まあ、予想通りな部屋だな。

「入るねー」

 すぐに声がして加賀野が入って来る。飲み物を用意してきた。テーブルに置き息をつく。ん? なんだ?

「ねえ。あの時付き合ってるって言ったのは、いちいち断るのが煩わしかったから? それともなんとなく?」
「え? あ、いや。んー」

 そういやなんで言ったんだろう。あまり何も考えずに言ったような。

「あのさ、適当?」
「いや、そうなんだけど……」
「そうなんだ」
「あ、じゃなくて、適当に言ったけど。その……先に言っといた方がいいと思って」

 加賀野は戸惑っている。怒っていいのかどうしていいのか迷っている。

「先にって。何の先?」
「あの、他の奴に言われる前にって意味」

 ああ、つられてめっちゃ恥ずかしい事言ってるよ俺。

「わかりにく!」

 あ、ついに怒った。

「いや、だから」
「私は岳が好きだよ」
「へえっ?」
「好き」

 面と向かってこうも堂々と言われても。

「岳は?」

 いつのまにか岳って呼び捨てになってるし。

「俺も……だよ」

 いや、言いづらくって言葉に出来ないって。

「ええ!ーーなんてね……ふふ。いいよ。別に」

 はあ? なんだよあっさり。

「トラウマなの。きっと」
「トラウマって……」
「付き合ってたのか、付き合ってなかったのか。そもそも私の事好きだったのかわからない奴がいたの」

 加賀野は壁を見ながらいう。あ、よくみれば何か飾ってたような、感じだ。薄っすらと跡が残っている。

「あそこって……」
「私が描いたそいつの絵があった」
「まだ好きなの?」

 加賀野の表情を見るとそう思えた。

「今さっき岳が好きって言ったけど」
「あ、そうだけど」
「トラウマなの。中一の春まだ寒くて桜が遅咲きだった。一気に暖かくなった日に桜が舞い散った。そんな日にあいつに会ったの。世の中睨んでたあいつに」

 世の中睨んでたって……。

「毎日そいつに会うためにテニス部で絵を描いた。そいつを描いてね。気づけばずっと一緒にいた。ううん。私がそばにいた。でも、気持ち伝えられなかった。ずっと一緒にいれればいいって、思おうとしてた。それにそいつ私がそばにいることを嫌がったりしなかった。だから、当然みたいにそばにいた」

 テニス部って直人もだよな。そういや一年生の春に転入してきた奴がいるって話……。

「でも、中二の夏に彼は去ってった。転校前日に旅行に行くみたいに、じゃあってそれでお終い」
「それは、……」

 それは酷いな。トラウマにもなるか。

「そこからかなー。直人と仲良くなったの。直人が同情してくれてね」

 だから直人を知ってるたんだな。一つ上なのに。毎日テニス部に入り浸っていたから。

「でも、そこから誰も好きになれなかった」

 また壁を見つめる。加賀野には絵が見えているんだろう。

「そこにあの事件でしょ? もう絶対無理だって思った。直人がいたから男性不信とまではなんなかったけど」
「そんなんでよく引き受けたっていうか言い出したな。あいつらの相手」
「話を聞いたらねー。なんか未遂でここまで打ちのめされてる自分がいるのに、彼女はもっと酷かった。地獄の先にさらなる地獄があった。私を襲った奴は何度も告白されて断ってた奴だったの。捕まった時録画してた。何のための録画だって問いただされてただの楽しみの為だって言ってたけど……」
「それをネタに脅す気だったんだな。加賀野と付き合う為に」
「多分ね。自分も似たようなことをされるとこだったんだと思ったら放っておけなくて」
「だからって」
「まあ、反対されてたから実行する日に偶然そうならって話だったの。だから、本当に偶然」
「でも、犯罪者集団だろ!? わかってて!」

 まあ、自分もそれに突っ込んだんだけど。

「でも、助けがいるのは知ってたし。岳が強いのは聞いてたし、そのすぐ前には見てたしね」

 はあー。なんて無鉄砲な……まあ、俺もかなり無鉄砲にやってきたけど。怖さ知ってるのに、なんで。

「怖くて学校行けなかったんだろ?」
「そうなんだよね。学校は毎日怖さが増していった。あいつらにいないってわかってるのに」
「誰かに何か言われてたのか?」

 内山を思い出す。心ない一言が時には人を打ちのめす。

「ううん。体育館に逃げ込んだっていったでしょ? 目撃者が大勢だった。必死で逃げてきた私にジャージを羽織らせて保健室に連れてってくれた人も仲よかったわけじゃない。体育倉庫に行ったのは先生だけじゃなかった。何人も目撃してた。全てを。だから、実は彼らを退学にしたのは、学校でも、私でも、佐々木さんでも、父でもないの」
「え!」

 まさか本人が? 最後まで加賀野脅そうとしてたことを隠してるから違うか。

「全校生徒なの。みんなが、女子が中心なってだと思うんだけど、停学処分中だった、五人の退学を求める署名をしてたの。そんな犯罪者と一緒に学校には通えませんって」

 まあ、そうだろうな。女子ならなおさらだ。だから、内山の行動に加賀野はあんなにも怒ったんだな。

「当然だな」
「これ以上騒ぎになると困るからって退学処分にようやくなった。現行犯なのに、納得いかなかったんだけど何度かけあっても学校は応じなかったんだけどね」
「酷いな」
「首謀者っていうかそいつの希望でやったことなんだろうけど、そいつが学校にコネがあったみたいでね。佐々木さんがこうなったら訴えたらっていうのを父が止めに入らないと行けなくなるぐらい。もうみんなが参ってた」

 加賀野、疲れてみえる。そんな話をしなくていいのに。

「加賀野。もういいよ」
「違うの。言いたいの。言って過去にしないと。学校に今行けるのも何かの弾みで行けなくなるんじゃないかって思える時もある。だから、みんな過去のことにしたいの」

 加賀野は壁をもう一度見る。それも過去にしたいんだ。

「だから、わざと危ない橋を渡った。まあ、偶然だったんだけどね。でも、なんかああいう奴らにが転げ回ってるの見てちょっとスッとしたしね」

 今度は笑って俺を見る。

「あの時変わったの」
「え?」
「ガードレールに座ってる岳に話かけた時震えが止まったの。手がねずっと震えてたのに。なんか安心出来た。それで世の中斜めに見て睨んでる岳が好きになってた」

 世の中斜めに見て睨んでるって、俺そんなだったんだ。あの頃。少し前の事なのに。
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