Dragon's Dogma ~数多の伝説に埋もれる一片の物語~
 今の私は、銀の胸当てなどの簡単なウェアだけ身に付け、長いマントで全身を隠した、ちょっと怪しい姿。簡単な地図を片手に城塞を右に見て大きく回り込む。間もなく夜明けが訪れる。姉さんたちと別れてから1週間。約束の日の出はもうすぐだ。姉さんたちは到着しているだろうか。時間になったら、オーフィスが教えてくれた秘密の侵入経路で長城砦に潜り込む。
 あぁ、そうそう。衝天砦跡を占拠していた女盗賊団の首領オーフィスとはなんか馬が合ってさ。少し時間に余裕があったから、オーフィスの妹が飼っているというサイクロプスの餌やり(悪趣味……)を手伝ったりしてた。おかげで覚者をクビになっても、就職できるクチが見つかったね。
 で、オーフィスが私を気に入ってくれて、力を貸してくれるって言うから、長城砦に侵入口がないかって聞いてみた。すると、穢れ山側に地図にない小川があって、それを利用した取水口が比較的死角になり、入り込みやすいんじゃないかって教えてくれたよ。砦には井戸もあるから、砦のことをよく知らない『救済』の連中が取水口まで警備しているとは思えないし、敵の大半が水を飲まなくても生きていける奴等だからね。あ、生きてはいないか。
 教えられたとおりの小川の淵。簡単に跳び越えられる本当に小さな小川。なるほど、見張り台からは死角になっているね。取水口に繋がる水路の格子は半分壊れていて、そこからなら入り込めそうだ。山地だし、日の出直前で少し肌寒い気はするけど、思いきって水に飛び込んだ。足はなんとか付くぐらいで、流れも弱い。だけど、それより何より冷たい!でも、ゆっくりもしていられない。日が昇ったら姉さんたちの陽動が始まる。それまでに砦内に侵入しておかなくちゃならない。潜ってからのだいたいの距離はシミュレート済み。一息ではギリギリだから、浮き代わりの密閉瓶の中の空気を使って中まで潜入するのさ。さぁ、行くぞー。
 普通、こういうときって、苦しくってもうダメだ!っていうとこまでいくのかも知れない。けれど、作戦は見事に成功。真っ暗な水路をすっと抜け、簡易な浅い縦穴に出た。まだかなり冷静。音を立てないように細心の注意を払って、水面に顔を出す。どれどれ?うん、予想通りで人気はない。予定では表門の方で"マチルダ一行"が突入しているはずなんだ。姉さんたちを信じて、行こう。
 静かに取水口を出ると、油紙でくるんだ雑嚢からタオルと衣装、小弓(え、知らなかった?私、魔導弓より弓の方が使い慣れてて、自信があるんだよ。蒼月の塔で飛竜に化したサロモを空から落としたんだ!)や短剣などの装備品を取り出し、身体を拭いて、手早く身に付けていく。手鏡で確認。青く染めた髪の色もまだだいぶ残っているね。化粧は……いいや、ツインテールのおかげで顔見知りだって、私と気付くまい。
 雫が滴らない程度に拭き取り、要らない荷物は目立たないように隠して、走り出す。とにかく、上。城壁内が見渡せる最上階に『救済』の首領はいるはず。そして、砦内には隠し通路も存在する。敵がいないとは限らないけど、きっと正面突破よりはマシ。私は足音を立てず、城内に忍び込んだ。お、いたいた。揃いも揃って向こうへ向かっていくね。なんだか、そっちが騒がしい気もする。左右を確認して……よし、中央の階段は無視して、脇に逸れる扉までダッシュだ。──聞き耳……よし、大丈夫そう。ゆっくり扉を開ける。次の瞬間、反射的に私の短剣が煌めく。いたよ、骸骨、スケルトン。そうか、こいつら、獲物が来るまで微動だにせず待っているんだ。音を立てる訳がない。全部で3体。1体めは反応する前に連続攻撃で打ち崩せたけど、短剣は骨相手に相性は最悪。すぐにそう判断すると、動き始めた手近な2体めに足払い。体勢を崩したところで頭部に踵落とし!年代物の髑髏は割と簡単に砕けた。瞬間、身体が反応して、横に転がる。もう1体のスケルトンが振り下ろした錆びた剣が空を切った。よし、今だ!私は背中の小弓を手に取り……殴った。骸骨には打撃の方が有効だろうって思ってのことだ。ただ、ドロシーちゃんに借りた弓に傷が付いちゃったよ。後でちゃんと謝ろう。
 我ながらスマートに事を運べた。他に気付かれた気配はない。足音を立てぬよう十分に気を遣いながら、鉄格子の奥に続く秘密の階段で上へと急ぐ。途中、幾つか部屋で、立て込もって(隠れて?)いた兵士と合流した。私は覚者だって自己紹介したら、喜び、共に戦うって意気込んでくれた。実際、こちらとしても心強い。そして、『救済』への対応でバタついていたからか、食糧やら備品やらが散乱しており、回復薬なんかも拝借できた。大事の前の小事、私には大義がある、よね(笑)これで決戦への準備も充分だ。
 もうだいぶ上に来たかな?そこで随分と怯えた様子のエストマと名乗る兵士と会った。他の兵士は仲間に会えて喜んでいたのだけど、この様子は尋常じゃない。どうも扉の向こうには恐るべき魔物がいるそうだ。ん、なになに?巨大な獣?獅子のような頭で、背中に角が生えた頭が付いている?尻尾は大蛇?……それは確実にキメラだね。強敵だ。この時間がないときに……そうか、『救済』はキメラを使って、この通路を塞いでいたんだ。でも、待てよ。表門から"覚者"が来ている状況で、わざわざキメラまで配置した通路を突破されると思ってないだろ。ということは、ここを突破すれば奇襲を掛けられる!

「……ということなんだ。時は一刻を争う。力を貸してほしい。」
「そういうことならば、キメラは我々にお任せください。」
「我々は穢れ山に最も近い重要拠点の一つ、長城砦の守りの任を承った兵。小賢しい謀に遭い、奇襲を受けたとはいえ、『救済』ごときに砦を占拠されたままでは、領王様に顔向けできません。命に換えてもこの砦を取り戻す所存です。」
「砦内には、私たちのように機を見て、蜂起するつもりで立て籠っている者が何名もおります。覚者殿の言われるとおり、表門より陽動があるのならば、それに呼応し、立ち上がっている者もおりましょう。」
「今が好機。『救済』の首領を討ち、長城砦を取り戻すためなら、我々は喜んで覚者殿の道となりますよ。宜しくお願い致します。」
「やるしかないんでしょ。やりますよ。」
状況を簡単に説明した私に、兵士たちは男気を見せてくれた。
 木製だけど、鉄枠で頑丈に補強してある扉を兵士たちが開ける。うわっ、臭ぇ。糞尿の悪臭が充満してる。手持ちのランタンや松明程度では暗くて見通しは悪いもんだから、余計に嫌な予感しかしない。でも、反撃に移れる高揚感のためか、それとも、ずっと緊張状態で立て籠ってたせいでおかしくなってしまったのか、兵士たちの意気は異常に高く、もう私を構っている者はいない。
 ……いつも人を身代わりにして、私は自分の道を歩んでいくんだよね。私は二つ縛りの髪を一つずつほどき、束ねていたゴムを口に咥え、両手で簡単に纏め、一つに結わえた。
 何か物の壊れる音、獣の唸り声、兵士の悲鳴、いろいろ聞こえる。耳を塞ぎたくなるけど、これが私の通る道なんだ。受け止めなくちゃいけない。だから、私は進んだ。振り返りはしなかった。
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