Dragon's Dogma ~数多の伝説に埋もれる一片の物語~
その瞬間、私の脳裏に閃いたもの。
共に旅した少女の痛々しい姿、その鮮明なイメージ。所々流血しながら、骸の上に張り付けられ、ぐったりしている。その姿は私の心を締め付けた。
まだ諦められない!フィーを助けたいんだ!想いが溢れる。
「負けてたまるかぁ!」
火球の威力を少しでも相殺しようと、魔導弓に目一杯の魔力を込めるべく握る手に力が入る。けど、緊張のためか上手く集中できなくて。フィオーラは本でも読むかのような自然な動作で魔法を完成させていくのに。
激しい炎が遂に黒く忌々しい輝きを放つ。
──来る!!!!!!
そんな時、私の目の前に白銀の影が立ち塞がった。
「マチルダ様は私がお守りする!」
「姉さんっ!」
両腕を顔の前でクロスさせ、衝撃に備えてか低い姿勢で構える背中。私を庇って……?ふと、蒼月塔でのリュウさんの姿が重なった。
フィオーラの声が響く。何を言ったのか分からなかったけれど、次の瞬間、風を引き裂く轟音と熾烈な熱波を連れて、黒く赤い炎がやってきた。
「おぉぉぉぉぉ!」
私を少しでも守ろうというのか、姉さんは両手を一杯に広げ、雄叫びを上げる。闘気とでも言うのだろうか、怖いくらいの覇気が炎を映してか朱く光る。なんだか、いつもスマートな姉さんっぽくない。こんな時なのに、そんなことを感じていた。
そして、炎が迫る。きっと熱さも痛みも感じないんだろうな、って思った。周りは炎と煙でもう何が何だか分からない。ただ、姉さんが私の盾になってくれていて。
これだけの魔炎にも、決してたじろがない。倒れない。凄い──。
『魔を凌ぐ闘気の構え』私はそう感じた。
爆炎が齎した粉塵は暫く消えなかった。続いて巻き起こる吸い込まれるような気流に、何とか耐えながら目を凝らす。
絶対に何ともないとは思ったけど、やっぱり心配になる。
「……姉さん!大丈夫!?」
少しずつその影が露わになる。白銀の鎧は少し焦げ付き、うっすらと煙が出ているけれど……スッと構えを解き、振り返る。黒い瞳には私が映り、そして笑顔で応えてくれた。
「守れる気がしました、今の私なら。」
「姉さん……。」
言葉が続かなかった。なぜだか涙が出てきた。
「マチルダ様のお言葉にフィオーラは反応しました。きっとフィーに届いているのだと思います。
フィオーラの魔法は私が全て防ぎます。助けましょう、フィーを。」
「うん、絶対に!」
しかし、次の瞬間、苛烈な稲妻が私たちを襲った。
「もう!喋ってる途中に主役を攻撃するなんて、マナー違反だよ!」
魔女の魔法を辛うじて避けた私は叫ぶ。叫んだのは、魔女の反応を待つために……と言いたいけど、ほとんど無意識。
「……殺し合う……それが全て……。」
「それは違う!」
姉さんを見た。力強く頷いてくれる。
「フィオーラ、いや、フィー!アンタは殺し合いなんか望んでないでしょ!」
魔法詠唱はまだ止まらない。
「私と一緒に、いろんな人と一緒に旅した時間、悪くなかったでしょ?
無愛想で可愛くない時もあったけど、姉さんを捜すのだって手伝ってくれた。大勢の友達が協力してくれた古の大儀式だって、アンタは途中でぶっ倒れちゃったけど、いろんな人の想いを感じたはずよ。
……元々、マッセーラさんに頼まれたアンタのマスター探しだけど、私は本当に楽しかった。」
複雑な印を結び続ける左手が、ふと止まった。ただ、彼女の右手にある禍々しい杖には恐ろしいほどの魔力が既に宿っている。
──杖!?
あの杖は嘗て邪悪な魔導士が手にしていたもの。私の人生を弄んだ、憎きサロモ。
フィオーラとフィーで決定的に異なる点に私は気付けた。
「姉さん、杖だ!フィオーラの杖!」
「承知しました。」
姉さんが大剣を構え、その視線が鋭くなる。私の役割はフィオーラの気を引くこと。単純な作戦だからこそ、上手くいきそうな気がする。
「フィー、私が喝を入れてあげる!」
雷の魔弾を魔導弓に宿し、弧を描くように徐々に魔女との間合いを詰める。
「……正しくは『活を入れる』……。」
「もう!細かいことは気にしないの!」
魔女の杖の先では魔力がバチバチと弾け始めている。止まったら、こっちが狙い撃たれちゃうな。でも、身軽なのが私の自慢。
お互いに攻撃のタイミングを窺うだけの数秒。それでも、私には半端ない緊張感で、額に汗の珠が輝く。ただ、感じる。視線は私にあっても、意識は私じゃない。畜生、私じゃ力不足ってこと?
「でやぁぁぁ!」
こうなれば何が何でも隙を作ってやる。私の撃ち出した薄紫の魔弾が真っ直ぐ魔女を襲う。しかし、これは簡単にかわされてしまった。いや、まだだ。三発の光弾は柱や石壁で跳ね返り、更に輝きを増して再びフィオーラを狙う。1発目は仰け反り気味に避け、2発目は左手で撃ち返した。間髪を入れずの3発目がフィオーラの左肩を捉えた!……ごめん、フィー……力加減、できるほど、私、器用じゃないんだ。
でも、私の心配は杞憂だった。魔力の高い者は、得手して魔法防御も高い。少しよろめいただけで、大した効果は上げられていないようだ。残念な反面、ちょっと安心もしてる。とにかく、やりにくい相手だ。
ただ、まだ姉さんを見つめる意識。これがフィオーラの実力から来る余裕?フィーは未熟ではあったけど、いや、未熟だったからか、手加減とか手抜きとかできない子だった。"余裕をかまして"なんてフィーには似合わない。
……似合わない?
やっぱり似合わない。あれは本当にフィーなの?考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。かりんちゃんの感覚は疑う余地はないんだけど。
魔女が杖を持った右手でなく、左手から魔力の波動を放つ。さっきの姉さんの如くグッと踏ん張って、吹き飛ばされるのは堪えた。そして、翳した手を下げて前を見たとき。
目の前にあった。魔女の顔が。ゆっくりと魔杖が私に迫ってくる。
背筋がキンと凍り付いた。刹那の思考停止。
……こんな至近距離で魔法を喰らったら、きっと跡形もない。
一瞬の後、世界がゆっくり動くような感じ。そして、なぜだか頭の中は冷静にそんなふうに状況を捉えていた。
ただ、黒いヴェールから垣間見えたフィオーラの瞳。紫の瞳。あれ?フィオーラの目って、血のような赤だったはずだ。紫……紫は……忘れやしない、フィーの瞳。その紫の両眼は、気のせいだろうか、哀しみの色を湛えている。
フィー!
負けられない、諦められない。私が何とかするんだ!
どうせ距離を取ったって、あの魔法を打ち破ったり、魔女を出し抜いたりできる自信はない。私は思い切ってフィオーラに抱き付いた。案外、冷静だった。思ったような反発は来ない。薄衣を通してフィオーラの細過ぎる身体を感じる。そして──はっきりと分かった。フィオーラは、フィーは見ていない。私しか見ていない。姉さんを見つめるのは、何か別の目。何者なんだ?
でも、今は!
「姉さーんッ──!」
いつの間にいたのだろう。私のすぐ脇に姉さんがいた。低く構え、表情は測れないけれど、大剣を下段に構えている。
そして、白銀が煌めき、聖剣が魔杖を捉えた!甲高い音が響き、それはクルクルと舞い上がる。同時に私の腕の中の(とは言え、フィオーラの方がだいぶ背が高いんだけど……。)魔女は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「マチルダ様!」
「任せて!」
共に旅した少女の痛々しい姿、その鮮明なイメージ。所々流血しながら、骸の上に張り付けられ、ぐったりしている。その姿は私の心を締め付けた。
まだ諦められない!フィーを助けたいんだ!想いが溢れる。
「負けてたまるかぁ!」
火球の威力を少しでも相殺しようと、魔導弓に目一杯の魔力を込めるべく握る手に力が入る。けど、緊張のためか上手く集中できなくて。フィオーラは本でも読むかのような自然な動作で魔法を完成させていくのに。
激しい炎が遂に黒く忌々しい輝きを放つ。
──来る!!!!!!
そんな時、私の目の前に白銀の影が立ち塞がった。
「マチルダ様は私がお守りする!」
「姉さんっ!」
両腕を顔の前でクロスさせ、衝撃に備えてか低い姿勢で構える背中。私を庇って……?ふと、蒼月塔でのリュウさんの姿が重なった。
フィオーラの声が響く。何を言ったのか分からなかったけれど、次の瞬間、風を引き裂く轟音と熾烈な熱波を連れて、黒く赤い炎がやってきた。
「おぉぉぉぉぉ!」
私を少しでも守ろうというのか、姉さんは両手を一杯に広げ、雄叫びを上げる。闘気とでも言うのだろうか、怖いくらいの覇気が炎を映してか朱く光る。なんだか、いつもスマートな姉さんっぽくない。こんな時なのに、そんなことを感じていた。
そして、炎が迫る。きっと熱さも痛みも感じないんだろうな、って思った。周りは炎と煙でもう何が何だか分からない。ただ、姉さんが私の盾になってくれていて。
これだけの魔炎にも、決してたじろがない。倒れない。凄い──。
『魔を凌ぐ闘気の構え』私はそう感じた。
爆炎が齎した粉塵は暫く消えなかった。続いて巻き起こる吸い込まれるような気流に、何とか耐えながら目を凝らす。
絶対に何ともないとは思ったけど、やっぱり心配になる。
「……姉さん!大丈夫!?」
少しずつその影が露わになる。白銀の鎧は少し焦げ付き、うっすらと煙が出ているけれど……スッと構えを解き、振り返る。黒い瞳には私が映り、そして笑顔で応えてくれた。
「守れる気がしました、今の私なら。」
「姉さん……。」
言葉が続かなかった。なぜだか涙が出てきた。
「マチルダ様のお言葉にフィオーラは反応しました。きっとフィーに届いているのだと思います。
フィオーラの魔法は私が全て防ぎます。助けましょう、フィーを。」
「うん、絶対に!」
しかし、次の瞬間、苛烈な稲妻が私たちを襲った。
「もう!喋ってる途中に主役を攻撃するなんて、マナー違反だよ!」
魔女の魔法を辛うじて避けた私は叫ぶ。叫んだのは、魔女の反応を待つために……と言いたいけど、ほとんど無意識。
「……殺し合う……それが全て……。」
「それは違う!」
姉さんを見た。力強く頷いてくれる。
「フィオーラ、いや、フィー!アンタは殺し合いなんか望んでないでしょ!」
魔法詠唱はまだ止まらない。
「私と一緒に、いろんな人と一緒に旅した時間、悪くなかったでしょ?
無愛想で可愛くない時もあったけど、姉さんを捜すのだって手伝ってくれた。大勢の友達が協力してくれた古の大儀式だって、アンタは途中でぶっ倒れちゃったけど、いろんな人の想いを感じたはずよ。
……元々、マッセーラさんに頼まれたアンタのマスター探しだけど、私は本当に楽しかった。」
複雑な印を結び続ける左手が、ふと止まった。ただ、彼女の右手にある禍々しい杖には恐ろしいほどの魔力が既に宿っている。
──杖!?
あの杖は嘗て邪悪な魔導士が手にしていたもの。私の人生を弄んだ、憎きサロモ。
フィオーラとフィーで決定的に異なる点に私は気付けた。
「姉さん、杖だ!フィオーラの杖!」
「承知しました。」
姉さんが大剣を構え、その視線が鋭くなる。私の役割はフィオーラの気を引くこと。単純な作戦だからこそ、上手くいきそうな気がする。
「フィー、私が喝を入れてあげる!」
雷の魔弾を魔導弓に宿し、弧を描くように徐々に魔女との間合いを詰める。
「……正しくは『活を入れる』……。」
「もう!細かいことは気にしないの!」
魔女の杖の先では魔力がバチバチと弾け始めている。止まったら、こっちが狙い撃たれちゃうな。でも、身軽なのが私の自慢。
お互いに攻撃のタイミングを窺うだけの数秒。それでも、私には半端ない緊張感で、額に汗の珠が輝く。ただ、感じる。視線は私にあっても、意識は私じゃない。畜生、私じゃ力不足ってこと?
「でやぁぁぁ!」
こうなれば何が何でも隙を作ってやる。私の撃ち出した薄紫の魔弾が真っ直ぐ魔女を襲う。しかし、これは簡単にかわされてしまった。いや、まだだ。三発の光弾は柱や石壁で跳ね返り、更に輝きを増して再びフィオーラを狙う。1発目は仰け反り気味に避け、2発目は左手で撃ち返した。間髪を入れずの3発目がフィオーラの左肩を捉えた!……ごめん、フィー……力加減、できるほど、私、器用じゃないんだ。
でも、私の心配は杞憂だった。魔力の高い者は、得手して魔法防御も高い。少しよろめいただけで、大した効果は上げられていないようだ。残念な反面、ちょっと安心もしてる。とにかく、やりにくい相手だ。
ただ、まだ姉さんを見つめる意識。これがフィオーラの実力から来る余裕?フィーは未熟ではあったけど、いや、未熟だったからか、手加減とか手抜きとかできない子だった。"余裕をかまして"なんてフィーには似合わない。
……似合わない?
やっぱり似合わない。あれは本当にフィーなの?考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。かりんちゃんの感覚は疑う余地はないんだけど。
魔女が杖を持った右手でなく、左手から魔力の波動を放つ。さっきの姉さんの如くグッと踏ん張って、吹き飛ばされるのは堪えた。そして、翳した手を下げて前を見たとき。
目の前にあった。魔女の顔が。ゆっくりと魔杖が私に迫ってくる。
背筋がキンと凍り付いた。刹那の思考停止。
……こんな至近距離で魔法を喰らったら、きっと跡形もない。
一瞬の後、世界がゆっくり動くような感じ。そして、なぜだか頭の中は冷静にそんなふうに状況を捉えていた。
ただ、黒いヴェールから垣間見えたフィオーラの瞳。紫の瞳。あれ?フィオーラの目って、血のような赤だったはずだ。紫……紫は……忘れやしない、フィーの瞳。その紫の両眼は、気のせいだろうか、哀しみの色を湛えている。
フィー!
負けられない、諦められない。私が何とかするんだ!
どうせ距離を取ったって、あの魔法を打ち破ったり、魔女を出し抜いたりできる自信はない。私は思い切ってフィオーラに抱き付いた。案外、冷静だった。思ったような反発は来ない。薄衣を通してフィオーラの細過ぎる身体を感じる。そして──はっきりと分かった。フィオーラは、フィーは見ていない。私しか見ていない。姉さんを見つめるのは、何か別の目。何者なんだ?
でも、今は!
「姉さーんッ──!」
いつの間にいたのだろう。私のすぐ脇に姉さんがいた。低く構え、表情は測れないけれど、大剣を下段に構えている。
そして、白銀が煌めき、聖剣が魔杖を捉えた!甲高い音が響き、それはクルクルと舞い上がる。同時に私の腕の中の(とは言え、フィオーラの方がだいぶ背が高いんだけど……。)魔女は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「マチルダ様!」
「任せて!」