あの日ぼくらが信じた物
「母ちゃんっ! な、何故それを!」


 ぼくの背筋に、冷たく嫌な感じのする汗がひと筋伝うのが解った。

母は何か重大なことでも知っているかのような薄笑いを浮かべ、ぼくを上目遣いに見詰めてにじり寄ってくる。


「や、やめろよ。なんだってんだよ」


 その異様な雰囲気に気圧ケオされて、ぼくは一歩ずつ後退りをする。


「ふふふ、あきら。何をそんなに慌てているの?」


 母は尚もぼくとの間合いを詰めてきた。その口調は明らかに普段の母の物では無かった。

すぐ後ろに壁が来た。もう後がない!


「ブッ!」


 突然吹き出されたそのしぶきが、ぼくの顔にまで掛かった。


「なっ! 汚ねっ!」


 袖で顔を拭うぼくを見て、「ゴメン、ゴメン」と言いながらも腹を抱えて笑い続ける母。

一体何が起きているのだろう。

足りないながらもフル回転で脳味噌をブン回すぼくに、やっと人心地ついた感じの母が喋り出した。


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