あの日ぼくらが信じた物
「え? 何? これトラックボールじゃん! 欲しかったんだよコレ、いいの?」


「あ、ああ。今日お前とやろうと思ってな」


 トラックボールとは、カゴ状になった短いスティックを使ってキャッチボールする遊具だ。

今はパチもんの安物が横行しているそれだが、当時はアメリカから上陸したばかりで結構な値段がした筈だ。

それを今日の為にと買ってきてくれたのだ。


「父ちゃん有り難う」


「来るか? 一緒に」


 ぼくは父の不器用だけど深い愛情溢れる優しさに、涙が次から次へと流れ出て止まらなくなった。


「有り難う父ちゃん。有り難う母ちゃん! 父ちゃん母ちゃん有り難う!」


「ば、馬鹿! そんなに泣いたら父ちゃんがぶん殴ってお前を連れ出したみたいじゃねぇか。顔でも洗って来い!」


「はい。解りました」


 ぼくは普段使ったことも無い敬語を使って、父の優しさに応えていた。


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