SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし

一樹はぐっと顔を近づけると軽々とあたしを抱き上げた。

そのまま素早く車に乗り込む。


「……いつ、き……」


喋ろうとしたあたしの口に、一樹が“シイ” と人差し指をあてる。

黒木がルームミラーであたしを気にしながらゆっくりと車を走らせた。


車の後部座席、

あたしは抱き抱えられた状態で、一樹に身をあずけている。

一樹は冷えたあたしをあたためるように、ギュッと体を密着させた。


〈 “ 心配したんですよ? 満月の夜に行方不明だなんて……”〉


頭に一樹の声が響く。


〈 “ ごめん、一樹 ” 〉


心の中であたしは答える。


〈 “ 一体、何があったんです ” 〉


〈 “それが、あたしにも、よく分からない ” 〉


一樹がじっとあたしを見つめる。
そしてあたしの前髪をそっと指でかきわけた。


〈 “ 事情はあとで。今は治療が先ですね ” 〉


一樹はユリのように心の傷を癒す精神治療も行えた。


〈 “ ひどい状態だ……すぐに楽になりますからね ” 〉

あたしを回復させようと、そっと額に手が置かれる。

 でも、 あたしは——


〈 “ 一樹、なにもしないで ” 〉


それを、拒否した。
< 112 / 795 >

この作品をシェア

pagetop