SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし

一樹の体がピクッと揺れる。


〈 “ お願い。このままで、いさせて。 あたし、思い出したんだ。 悲しい気持ち ” 〉


それが、人体実験のせいか、監禁生活のせいかは知らない。

あたしは、いくつかの感情がよく分からなくなっていたのだ。


憎しみ、悲しみ、苦しみ、恐怖……


なんとなく覚えてはいる。

でもどうにも曖昧で実感がない。

"心の感覚"が鈍くなっていたのだ。

麻痺していたのは体だけじゃない、心もだった。


〈 “ だったらなおさら! 美空、辛そうじゃないですか!” 〉


一樹が困惑した表情を浮かべる。


〈 “ いいの ” 〉


あたしは額に置かれたままの一樹の手をつかんだ。


〈 “ やっと思い出せたんだ。 悲しくて、心がバラバラになるぐらい、悲しくて。 頭がおかしくなりそうだけど……でも、あたし確認できたから ” 〉


〈 “ ……確認?” 〉


〈 “ うん。 あたし生きてるって。 まだ、人間、なんだって。 だから今は感じたい。 辛くても、その悲しみを ” 〉


あたしはぎゅっと自分の胸を押さえた。

取り戻した感情が、どこにも行ってしまわないように。
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