SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし

「 ナンデえ? 傘はどしたあ?」


「 ない。なくなった 」


「ああ⁉︎ ちょ、待て! なんかふくもの……ナイ! ナイぞお、ナイナイナイ!!」


黒木は焦ったように車の中をかき荒らす。


「 そーだ、オレのシャツで……」

「 黒木いいから。早く帰ろ 」


半分脱ぎ出した黒木にあたしは言う。

車の外では、校門前というのもあって、たくさんの生徒たちが、まるで不審者を見るようにあたしたちをジロジロ見ていた。


「……あ~、ソ~だな。かえろ~かえろ~、早く帰ろ~ 」


黒木は逃げるように車を出した。



「ま~ったく、ドコのどいつだあ? ミクの傘を盗みやがって! けど、ミクはエライなあ~。オレだったら誰か他の奴の、また盗んでくるけどな~ 」


半分悪い顔をしながら黒木が言う。

あたしは、黒木の話を聞きながら、厚く垂れ込めた灰色の空を見ていた。


最近、青空、見てないな……


梅雨の空に反映するように、道行く人の心にも灰色の膜が覆っているように感じられた。

すると、


"ジワ~ッ"


右手のしるしがあたしを呼ぶ。



「……!」

"…ウィーン…"

あたしは急いで車の窓を全開にした。
バラバラと車内に雨が入り込む。


「 んあ⁉︎ どしたあ、ミク⁉︎」

「 黒木。そのまま、走って 」


窓から身を乗り出し、あたしは前方を確認する。

その時、歩道を自転車で走っていた女の子が風で傘を煽られ、車道を走るトラックへと倒れ込んだ。


「……ハッ! 」


あたしはボールを投げるように手首を振る。

すると、見えない空気のクッションが女の子とトラックの間に挟まり、女の子を歩道側へと押し戻した。

女の子にケガは、ない。

車は女の子の横を通り過ぎる。

女の子は訳が分からないという風に、不思議そうな顔をした。


「……ふぅ、」


一安心してあたしは頭を引っ込める。


「 大丈夫かぁ~ミクう~っ⁉︎」


……あれ。

あたしは、もっとビショビショになっていた。
< 151 / 795 >

この作品をシェア

pagetop