SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし
「 ナンデえ? 傘はどしたあ?」
「 ない。なくなった 」
「ああ⁉︎ ちょ、待て! なんかふくもの……ナイ! ナイぞお、ナイナイナイ!!」
黒木は焦ったように車の中をかき荒らす。
「 そーだ、オレのシャツで……」
「 黒木いいから。早く帰ろ 」
半分脱ぎ出した黒木にあたしは言う。
車の外では、校門前というのもあって、たくさんの生徒たちが、まるで不審者を見るようにあたしたちをジロジロ見ていた。
「……あ~、ソ~だな。かえろ~かえろ~、早く帰ろ~ 」
黒木は逃げるように車を出した。
「ま~ったく、ドコのどいつだあ? ミクの傘を盗みやがって! けど、ミクはエライなあ~。オレだったら誰か他の奴の、また盗んでくるけどな~ 」
半分悪い顔をしながら黒木が言う。
あたしは、黒木の話を聞きながら、厚く垂れ込めた灰色の空を見ていた。
最近、青空、見てないな……
梅雨の空に反映するように、道行く人の心にも灰色の膜が覆っているように感じられた。
すると、
"ジワ~ッ"
右手のしるしがあたしを呼ぶ。
「……!」
"…ウィーン…"
あたしは急いで車の窓を全開にした。
バラバラと車内に雨が入り込む。
「 んあ⁉︎ どしたあ、ミク⁉︎」
「 黒木。そのまま、走って 」
窓から身を乗り出し、あたしは前方を確認する。
その時、歩道を自転車で走っていた女の子が風で傘を煽られ、車道を走るトラックへと倒れ込んだ。
「……ハッ! 」
あたしはボールを投げるように手首を振る。
すると、見えない空気のクッションが女の子とトラックの間に挟まり、女の子を歩道側へと押し戻した。
女の子にケガは、ない。
車は女の子の横を通り過ぎる。
女の子は訳が分からないという風に、不思議そうな顔をした。
「……ふぅ、」
一安心してあたしは頭を引っ込める。
「 大丈夫かぁ~ミクう~っ⁉︎」
……あれ。
あたしは、もっとビショビショになっていた。