SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし
「 ちょっと腰が悪いんだ。でも今日は遅いかも。いつもはもうとっくに帰ってる時間なんだけど…… 」
湧人は壁に掛けられた大きな時計に目をやった。
「……ふ~ん 」
するとそこへ、腰を丸めたお婆ちゃんが、ゆっくり坂道を登って来た。
苦しそうな顔でゼエゼエと、息を切らして歩いてくる……
「 お婆ちゃん⁉︎」
あたしはサンダルを履き、急いでお婆ちゃんのもとへと駆け寄った。
「……ああ、みーちゃん…… 」
お婆ちゃんはあたしをみーちゃんと呼ぶ。
あたしはじっとりと汗ばんだお婆ちゃんの体を支えた。
「 どうしたんだよ婆ちゃん!」
湧人も駆け寄りお婆ちゃんの肩を支える。
「 いんや~、まいった…… 」
お婆ちゃんはそれしか言わない。
よたよた歩きながらやっと家に到着した。
「……はああ〜、」
グダッと居間に座り込むお婆ちゃん。
湧人がすぐにエアコンと扇風機の回し始める。
「……ないんじゃ。どこにもないんじゃ……」
お婆ちゃんはうわごとのように繰り返す。
「 ないって何が?」
湧人がグラスに麦茶を注ぎ、お婆ちゃんがそれを一気に飲み干した。
息を整えた後、ようやくお婆ちゃんが口を開く。
「バス停じゃよ。どこにもないんじゃ。仕方ねえがら歩いて病院まで行ったんだよお 」
「 歩いて⁉︎ あんな遠くまで? ……てか、バス停がないってなに?」
「 湧人、あれはのう…… 」
「……?」
「 神隠しじゃっ!」
「 はあ⁉︎ なんだよそれ 」
湧人は呆れ顔で、再びグラスに麦茶を注いだ。
「 みーちゃん 」
お婆ちゃんがあたしの手を取る。
「 天界の神様にバス停を返してくれるように頼んでもらえんかのう?」
「……?」
「 バス停がないと困るんじゃ…… 」
そう言ってお婆ちゃんはあたしに手を合わせる。
ちなみに、お婆ちゃんは今でもあたしを天女だと思っている。
「 もう! 婆ちゃん何言ってんだよ!」
湧人はハア、とため息を吐いた。