SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし


「……みくが、作ったの?」


意外そうな表情を浮かべて湧人があたしに聞いてくる。


「……たぶん。覚えてないけど……」


「……は?」


少し顔をしかめながらも、湧人はテーブルの方へやってきた。

……? ……あれ。

前うしろ逆だった服がいつの間にか直っていた。


「……食べて、いい?」


「うん」


飲み物を一口飲み、まず手をつけたのはお粥。


「……おいしい……」


パクパクと湧人の手が止まらない。

あっという間にお粥の器がカラになった。

続いて、しょうが湯へと手がのびる。

少し躊躇しながら、すっとそれを流しこみ——、


「……!」


途端に驚いた顔をした。


「……どうして……」


目を見開き、じっとカップの中を見つめている。


「……湧人? どうしたの?」


「……母さんの、味……」


顔を覗き込んだあたしに、湧人はポツリ、そう言った。


「……母さん?」


「……オレ、甘いしょうが湯が苦手で、だから母さん、甘くないしょうが湯のレシピ考えてくれたんだ。 風邪で寝込んだ時、いつもこれを作ってくれてた。 ……それがどうして、どうしてみくがこれを……?」


「…………」


……ん? ……あれ?


あたしは首を傾ける。

実は少し、あたしは自分の記憶がない。

夜明け前、ふっと眠気に襲われて、気付いたらキッチンに立っていた。

その時にはすでに目の前にこれらの料理が並んでいたのだ。


『『『……いじらしいのう……』』』


目を覚ましたあたしにご先祖さまはそう言った。

どうやら新しい人があたしに憑依したらしく、あたしの体を借り、料理を作ったのだと聞かされた。


——っ⁉︎


そこであたしはようやく気が付く。


……そうか、新しい人って……


……そうだったんだ……
< 279 / 795 >

この作品をシェア

pagetop