SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし


ここへ来た時、着替えはバッグに入っていた変装用の黒いパーカーと下は黒いデニムだけだった。

一度マンションに戻って着替えを持って来たけど、足りなかったみたいだ。



「……なぁ~いいじゃんタチバナ~。少しだけ、お願い!」


「だから見せものじゃないって言ってるだろ!」


……あ。

外へ出ると、湧人と湧人の友達が、話をしながら坂を登って来るのが見えた。


……帰ってきた。


湧人は空手教室とやらに通ってる。

たまに出かけて行っては、こうして空手の友達を連れて来る。


「え~でも~、もうここまで来ちゃったし~」


「勝手について来たんだろ!」


「だってタチバナばっかずるいじゃん! あんな美人なお姉さん、一人占めする気かよぉ~!」


「ずるいも何もないだろ! みくは友達なんだから!」


二人はいつもこんなカンジだ。
友達が何かをお願いして、湧人がそれをダメって言う。


——パチ!

じーっと見てたら目が合った。


「「……っ……!!」」


すぐにビタッと二人が停止する。


「湧人、友達くん、おかえり」


「「……っっ……!!」」


あたしは目の前を通り過ぎる。
洗濯物が干してある場所へと歩いていった。


……よかった。

夏だから洗濯物はすぐ乾く。

朝に干したネイビーのワンピースは、もうカラカラに乾いていた。


下着はまだバッグにあったかな?

そんな事を思いながら、また湧人と友達の前を歩いてゆく。

……と、


「……ちょっ、 何やってるのっ!」


急に湧人がワタワタ動いた。


「……? 何って?」


「なんなのその格好っ!」


「あ~。着替えなかったから」


「……っ、だからって!」


「……すげ~、」


……?

友達くんがぼーっとあたしの体を見ている。

視線がはみ出た胸に集中した。


「……っ、おまえっ……見るなよっ! みくっ! 早く家に入ってっ! 服着てっ!」


あたしを隠すように湧人が友達の前に立つ。

慌てた様子であたしの背中をぐいぐい押した。
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