SignⅠ〜天狗のしるしと世界とあたし

「……っ!  ……えっ、 ……あっ、」


また湧人の顔が赤くなる。

変に息をのみ込んで、パッと横に顔をそらす。


「昔、お父さんとお母さんがチュッてしてた。それで、お母さんが言ってたんだ。キスは好きな人同士がするものだって、だから——」

「——違うからっ!」


一瞬、湧人がこっちを向いた。

でも、またすぐにそらされる……


「……あ、あれはっ、事故っていうか……」


「……事故?」


「だから……おまじない、みたいなもんだよ」


「……おまじない?」


「そうっ! ケガや病気が早く治って……元気になるおまじない!」


少しムキになったような湧人が、何もない所から、何かをむしり取って投げている。


「……それよりっ、喉渇いてない⁉︎ 待ってて、今何か飲み物持ってくるから!」


バタバタと慌てて部屋を出て行った。


「……おまじない……」


残された部屋であたしはぼんやり考える。

そういえばお父さんもお母さんも、確かにあの時、元気じゃなかった。

お互いケンカしてて落ち込んで……

でも、チュッてしたら元気になって……

……あ、お母さんは包丁で指も切ってたっけ。


「なんだ、そうか、おまじない……」


あたしは妙に納得する。

なんとなく天井を見上げると、視線がそこに釘付けになった。
< 731 / 795 >

この作品をシェア

pagetop