そして僕は君に囁く
「すみません、お願いがあります。この書類なんですけど……。」
次の日から僕は、師匠に仕事を聞きまくった。とにかくこの支店でのルールややり方を覚えなきゃ。生き残るために必死だった。
前評判があったことも功を奏してか、がむしゃらな僕の態度は好感を持ってもらえたらしい。僕の気持ちとは裏腹に、凄腕評価を上げている。本当は仕事が判らないから聞いているだけなのに。
非常に複雑である……。
僕が質問すると師匠がすぐに対応してくれて、仕事はサクサクと進んでいく。するとそれは面白いように結果になって現れて、数字として残る。
そしてこの数字は間違いなく師匠が出したもの。僕はあくまでも補佐でしかない。彼女への尊敬の念と一緒に、違う想いも湧いてきた。
話をする機会が増えれば、自然と人柄も見えてくる。師匠はとても魅力的な女性だったんだ。
年上の女性に、しかも師匠に、こんな感情を持ったのは初めてだ。僕は師匠に出来る男と認識してほしくて、会社では敢えて”俺”という一人称を使っていた。仕事仲間以上の関係になりたかった僕の、ささやかな刷り込み。どんな手を使っても師匠に振り向いてほしかったから。