桜の再会〜妖たちの宴〜
妖は特別な力があるが、精霊とは、物や植物に宿る魂のようなものだ。
異能などは持っていない。
その代わりと言ってはなんだが、人間を超越した身体能力や動体視力などは、妖と比べても遜色はない。
それに一族の護衛としても訓練が加わり、長の護衛役としても差し支えないほどの能力を持てるのだ。
そして桜紅は代々の一族の中でも特に強い力を持って生まれ、護衛としての素質も十分だった。
李桜が自分を頼りにしてくれていることは感じるので、桜紅も自分なりに李桜を守ると決めていた。
「桜紅」
と、自分を呼ぶ声がした。
だがその声は、おそらくは李桜の自室から聞こえているものだ。
並の人間であれば、聞こえるはずのない距離だが、桜紅の耳はしっかりとその声を聞き届けた。
そして次の瞬間には、李桜の背後に待機していた。
「お呼びですか、李桜様」
桜紅の問に、李桜は重苦しく口を開いた。
「……西の方で、あちらとの争いが起きているらしい」
「あちら」とは、海の向こうのことだ。
海を超えたところには、妖狐が治める区域には入らない、別の妖たちが住んでいる。
彼らは西洋妖怪と呼ばれ、度々西の方で妖たちと諍い(いさかい)を起こしていた。
「今夜出発する。準備をしておけ」
「しかし……」
先程まで李桜は、昨日人間を襲った鬼の始末をしていた。
力の弱い鬼のような妖は昼間は動けないため、珍しいことではない。
だが、一晩中鬼の始末で駆けずり回った後に、腰を据えるまもなく遠出とは、護衛としてはーーそれ以外の感情も桜紅自信、自覚してはいるのだがーー心配でならなかった。
「良い。時間が惜しい」
「………承知いたしました」
だが結局は、李桜の命には逆らえないのだ。
妖が、一日二日寝ないだけでどうこうなるものではない。
だがそれでも、李桜が無理をしている姿を見る度に、胸が痛いほどに締め付けられるのを、桜紅は感じていた。
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世界がひっそりと闇に沈んだ頃。
李桜は美しく舞うように空を飛び、桜紅は木々の枝の上を恐ろしい速さで移動していた。
風を切って進むふたりはその間、一言も言葉を発しない。