彼の瞳に独占されています
「萌……」


髪を撫でながら、耳元で愛おしそうな声で名前を呼ばれ、幸せで満たされる。

私は無造作な黒髪にすり寄るようにして、涙をこぼしながらしっかりと抱きしめ返した。

こんなふうに抱き合える日が来るなんて思わなかった。昔付き合っていた頃より、こんなに愛情が膨らむとも。

とても遠回りしてしまったけど、そのおかげでもっともっとこの人のことを大切に想える。決して無駄な十年ではなかったよね。


身体を離した淳一は、やっと泣き止んだけれどメイクもボロボロだろう私を見て、優しく微笑む。そして、私の手を引いて上体を起こしてくれた。

向き合って座ると、気恥ずかしさが戻ってくる。私はなぜか正座をし、俯きながら濡れた頬を拭ったり、乱れた髪の毛を直したりしていた。

すると、淳一は頭をくしゃっと掻いて、決まりが悪そうな顔をする。


「悪い……もっとちゃんと話そうと思ったのに。てっきりお前が好きなのは上司なんだと思って、つい」


叱られた子供のようにシュンとして言う彼を、可愛いなと頭の隅っこで思いつつ、ぽかんとする私。

上司って、永瀬さんのことだよね? 淳一も彼の顔は知っているだろうけど、どうして私が好きだと思っていたんだろう。

< 115 / 124 >

この作品をシェア

pagetop