彼の瞳に独占されています
萌はとっくに新しい恋を見つけている。俺のことは友達以上に見れなかったのだろうから、それも当然だ。

……先に進めていないのは俺だけ。

だが、自分には自分のペースがある。もう無理に誰かと付き合うのはやめようと、いい意味で気楽に考えることにした。

警備会社にも就職が決まり、仕事をし始めれば恋に構っている暇もなくなる。萌のことも、ようやく友達として割り切れるようになってきていた。


そんな社会人二年目の春、まさか異動先が楠木百貨店だと言われることになるとは……。なんて数奇な運命だろうか。

萌と同じ職場で働くのは、正直あまり喜ばしいことではない。彼女と顔を合わせないことで、なんとか薄れてきた恋心を、また復活してしまわないよう抑えなければいけないのだから。

それに、萌は一応クライアントの社員だ。警備を受け持つ人間は手を出してはいけないと、俺たち警備員の中では暗黙の了解となっている。恋愛感情を持つことはあまりよろしくない立場なのだ。


しかし、働き始めてみれば、俺はすっかりあいつの相談役に落ち着いてしまい、諸々の心配は無用だった。

エリート営業マンの彼氏が、実はセフレだったと発覚したときも、酔っ払いの客に絡まれていたときも。

良き友達として、安全を守るガードマンとして、恋心は封印したまま接することができ、俺は内心ほっとしていたのだった。

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