ポプリ
「七音」

 シオンと花龍が同時に振り返る。七音は困った顔をしている花龍を見て、小さく溜息をついた。

「シオン、あれほど慌てて事を運ぶなと言ったのに……仕方のない人ですね。こんな観衆の前では花龍ちゃんも落ち着いて話など出来ませんよ」

「う……だって、俺だって、ずっと我慢してたんだよ……」

 七音の登場で色めき立つ生徒たちに、軽く手を上げて応えながら、机の間をゆっくりと進んでくる七音。そんな彼にバツが悪そうな顔をするシオン。

「まあ、分かりますけどね」

 七音はにっこりと笑うと、花龍の手をそっと取った。

「花龍ちゃん、すみませんが貴女の貴重な時間を少しだけ僕に下さい。一時間目が始まるまでには帰しますから」

「……うん」

 花龍は目を瞬かせながらも頷く。

 七音はシオンにも確認の目を向けた。シオンもむすっとしながら頷いた。




 七音にエスコートされて辿り着いたのは、教室が並ぶ棟と特別教室のある棟を結ぶ渡り廊下だった。もう朝学習が始まる時間であるため、他の生徒たちの姿はない。

「七音、ごめんね」

「気にしないでください。僕は受験生である三年生ほど忙しくありませんから」

 一学年下である七音は、にっこりと笑う。同級生であるシオンよりも、その笑顔はずっと大人びている。

「花龍ちゃんこそ、驚いたでしょう」

「……うん」

「シオンは猪突猛進なところがありますからね」

 ふふ、と笑う七音。その彼の言葉を聞いて、花龍はまた顔を赤くした。

「七音も、知ってたんだね」

「そうですね。まあ……気づかない方がどうかしていますよ。あれだけ分かりやすければ」

「……そうなんだ」

 花龍はますます気づかないでいた自分が恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠すように俯いた。

「花龍ちゃんはどうですか。シオンのこと、どう想います?」

「……好きだよ」

 シオンのことは好きだ。その言葉は何の意識もせず、するりと出てきた。

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