ポプリ
 けれども結婚したいという彼を前にして、その好きは一体どういう好きなのか、分からなくなった。今まで考えてみたこともないことだった。

 考え込む花龍に、七音は問いかける。

「例えば。何か嬉しいことがあったときに、真っ先に報告したい人は誰ですか? 貴女が辛いとき、真っ先に駆けつけて欲しい人は? ……貴女から絶対に離れていって欲しくない人は?」

「……シオン、かな。だって、シオンは、家族みたいなもの、だから」

 考えることなく、その答えがするりと出てくる。ずっと一緒で、空気みたいにそこにいるのが当たり前な存在、それがシオンだ。その彼が離れることなど、想像も出来なかった。

 七音はにっこりと微笑んだ。

「花龍ちゃんにとってシオンは大切な人のようですね。貴女にとってこの話は青天の霹靂かもしれませんが、僕も彼の気持ちは小さい頃から知っていますから。あれほど一途な人もいませんよ。だから、きちんと考えてあげて欲しいんです」

「……うん、そうだね」

 七音の落ち着いた笑みを見ていたら、花龍も少し落ち着いてきた。ひとつ深呼吸してからしっかりと頷く。

「ありがとう七音。ちゃんと考えてみるね」

 シオンは大切な幼馴染で友人だ。

 その想いに誠意ある答えを出してあげたいと、花龍は教室へと戻っていった。


 その細い背中を見送り、七音は渡り廊下の天井を仰いだ。

「家族みたいなもの、か……」

 花龍にとってシオンは大切な存在だ。そんなことは言われなくても、きっと誰でも知っている。

 でも。

 先程の問いに、すべて同じ人が出てきたのは何故なのか。絶対に離れていって欲しくない相手としてシオンを思い浮かべたのは何故なのか。その答えにたどり着くまで、きっと花龍には時間が必要だ。

「早すぎるんでしょうね……残念なことに」

 七音は憂い顔を残して渡り廊下を歩き出した。

 二人にもう少し時間があったら。

 あと一年でいいから、時間をあげられたら。恐らく周囲の祝福に応えられただろうに。幼い頃から二人を知る七音には、それが残念でならなかった。

 それでも同情はしない。

 限られた時間を知っていながら、“本気”を出さなかったシオンが悪いのだと。

 彼の幼馴染として、厳しく罰してやりたい気分だった。




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