ポプリ
「……私は『殿下』じゃないんだけど、な」

 風に浚われそうなほどの小さな声でリィは呟く。

 その声が聞こえたのかどうか。

 老人──神殿の最高神祇官は緩やかに顔を上げ、膝をついたままシンとリィを見上げた。

「お二方の此度の演武を拝見しまして、やはりこの爺は過ちを犯したと、神木へ懺悔せねばならぬと思いましたぞ」

「何のだ」

 シンは顔に『コイツ嫌だ、喋りたくない』と出しそうになったが、後ろからリィにマントを軽く引っ張られて、何とか静かに問い返した。

「リィファ様を降嫁させるなど、ユグドラシェルに対する冒涜でありました。貴女様のあの美しい召喚術……。あれが皇家に受け継がれなかったことはこの星の重大な損失。この爺の咎でございますれば」

「皇太子を初め、皇家の御子様方は精霊の覚えがめでたく、素晴らしい裁量もお持ちでありましょう」

 リィは僅かに首を傾げながら、穏やかな微笑を浮かべた。

 陽の光も手伝ってか、その微笑みからは光が零れ落ちるようで、後ろに控えていた神官たちからは感嘆の溜息が零れた。

「ええ、そうでしょうとも。ですが、御妃様は召喚術をお使いになられませんからなぁ。それが御子様方にも影響を及ぼしておられるようで……本当に、爺は口惜しいのです。貴女様のような精霊に愛されし御仁を手放してしまうとは」

「皇族ではなくなっても、リィがこの星を愛していることに変わりはない。だから今日もこうして来てくれただろう」

 だからそれで納得しろよ、とシンは溜息を堪えて言う。

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