ポプリ
 暗闇に雪のちらつく早朝。

 いつものように麗龍と組み手を行ったティーダは、今日も彼と二人で湯船に浸かる。

「うっ、鳩尾が痛い……」

 不意打ちで喰らった打撃が、熱い湯に地味に染みる。

「ははは、あれくらい避けろよ~」

 濡れタオルを頭に乗せて笑う麗龍。

「精進します」

 この人の体術は父上にも引けを取らないよなあ、と尊敬の念を抱きながら、ティーダは鳩尾をさする。

「そういえば。昨日、ユリアさんから麗龍兄ちゃんとの馴れ初めを聞いたよ」

「はあっ? なんでそんなの訊いてんだよ!」

「え、いや、話の流れで? 麗龍兄ちゃん、王子様だったんだってね」

「そんなわけあるか! 阿呆か! そんな昔の話は今すぐ忘れろ!」

 麗龍はティーダの頭を押さえつけ、湯の中に沈めた。

「ごばごぶぼ~!」

 ティーダは暴れたが、まだまだ力では敵わない。

 しかし何故そんなに照れるのか、ティーダには不思議だった。

 麗龍は本当に、王子様みたいに格好良かったらしいのに。





* * *




 十数年前。


 粉雪が舞う中、麗龍は走っていた。天神地区を一周だ。

 何故かと言えば、あれは晩秋のこと。天神学園に最大の危機が訪れていた時。従兄のシオンが放った『メメントモリ(救世への架け橋)』は、七色の光となって麗龍を、いや、全生徒、全職員を包み込んだ。

 そこにあるものすべてを吹き飛ばす威力の技に巻き込まれながら、麗龍たちは何の衝撃も受けなかった。

 ただ、力強い何かに護られている安心感に包まれた。

 ……その後、辺りは瓦礫の山と化していて驚いたけれど。

 鴉丸禿鷲の脅威から学園のみんなを守り切った従兄を、ただただ凄いと思った。

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