ポプリ
 大分走ってから足を止めて振り返る。
 
 ここまで来れば大丈夫だろう。

「大丈夫か?」

 麗龍の問いに、少女はゼエゼエと息を切らしながらも顔を上げた。

「す、すごいー、デス、ネー」

 大きく肩で息をしながら、少女は微笑む。

「しゅー、しゅーう! しゅー、デスー!」

「……は?」

「しゅー、しゅーう」

 少女は麗龍から手を離すと、ててて、ててて、と小走りに走り出した。くるくると、円を描くように。

「……ああ、人を避けながら走るのが?」

「ソウ、ソレデスネー。すごいデスー。アナタ、すごいーカッコイイー」

「い、いや、別に、凄かねぇよ」

 褒められて悪い気はしない。少し照れて頭を掻く。

「アナタ、武道家、デスー?」

「え……?」

「しゅー、出来マス。すごい、武道家ー、証拠、デスー」

「……」

 あんなものは、毎日歩法をやっていれば簡単なことだ。

 けれども思い直した。

 毎日基礎をやっているから、人を避けながら走ることを無意識に出来るのだ。向かってくるものを力まずに受け流す。出来て当然と思っていたが、少女に言われて初めて、それが凄いことなのだと気づく。

 それが出来るようになったのは。

 それを教えてくれたのは。

 麗龍の脳裏に祖母の顔が浮かび上がった。

 その視界に、少女の顔が特大サイズで割り込む。

「うわっ?」

 驚き飛退く麗龍の顔を、少女は碧い瞳でまじまじと見つめる。

「アレー。アナタ、ハンカチの人ー?」

「え?」

「ワタシ、これ、貰いまシター」

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