ポプリ
 息をひそめてじっと敵を見ていると、異変に気付いた。

 敵は、ゆっくりと辺りを見回していた。

 それから不思議そうに首を傾げる。まるで、麗龍たちが見えていないかのように。

「……!」

 ユリアは麗龍を見た。

 彼は敵を睨み付けながら、大量に汗を流していた。ぱた、ぱたと顎を伝って落ちていく汗。

 何かをしているのだと解った。

 だから敵は二人に気付かない。


 麗龍は心の中でワルツのリズムを奏でながら、闇の精霊に気配を絶たせ、光の精霊に光学迷彩をかけさせて姿を消し、なおかつ風の精霊に自分たちの気配を遠くの方へと運ばせていた。

 だが相手も相当な術者だ。風の精霊の誘導に引っかからない。このままでは悪戯に魔力を消費するだけだ。

 この一年リディルに師事してきて大分魔力の扱いも上手くなったが、三柱同時召喚はキツイ。

 この手の先に守らなければならない人がいると思えば頑張れるけれども、自分の限界も知っている。

 それを知るのが一番重要だった。

 あの敵と正面から戦うことは出来ない。今、気付かれていないうちに、助けを呼ばなくてはならない。

 麗龍はズボンのポケットに入れていたスマホを取り出す。震える手で画面を操作し、通話ボタンを押した。

 祈るような気持ちでコール音を聞く。

 五回ほどコール音が鳴った後、プツリと音がした。

「……父上、助けて、今すぐ」

 任務中だったらごめん、の声は、即座に返った返事に掻き消された。

『待ってろ、すぐ行ってやる』


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