ポプリ
「ルナ、お母さんは?」

「おかあたま、いるよ~。おいで~」

 ルナは麗龍の手を引いて家の中へと案内する。

 ヴラドの教育の賜物か、もう麗龍の血を欲しがって泣くことはなくなった。おかげで麗龍も心置きなくルナを可愛がれる。ありがとう、姪っ子を教育してくれたお義兄さん。

 この日、花龍は大学が夏休みで家にいた。ヴラドも学園長の仕事を放って妻と娘との癒しのひと時を過ごしていたようだ。豪華な調度品が並ぶリビングには、お飯事セットが並んでいた。

(ヴラド先生がお飯事……)

 真祖の吸血鬼がお飯事。

 世にも怖い光景を想像して震えていたら、その光景が現実のものとなって目の前に現れた。ルナに一緒にやろうと誘われたからだ。

 配役はルナがお母さん、花龍が娘、麗龍が息子、そしてヴラドがお父さん。

 小さな食器が並ぶ床にそろりと座ると、隣の『お父さん』からおどろおどろしい冷気が流れてきた。この家庭には魔王がいる。恐怖だ。

「らいとくん、ごはんですよ~。きょーは、しんせんな血ですよ~。だいすきならいとくんにたくさんあげますね~」

 おどろおどろしい冷気が猛吹雪のように襲い掛かってきた。

 その発生源から全力で目を背ける麗龍。

 しかしその冷気を感じているのは麗龍だけのようで、花龍もルナも穏やかな笑みを浮かべている。

「ルナおかあたんはねぇ、らいとくんがだいすきなの~。でもねぇ、ルナおかあたんの一番すきなひとは、おとうたまなのよ~」

 愛らしい笑顔を浮かべてルナがそう言うと、冷気がピタリと収まった。

 恐る恐るヴラドを見ると、唇の端を上げ、勝ち誇ったような顔をしているではないか。

 大人げない、この人!

 でも悔しい!

 お父さんより叔父さんの方が好きだと言って!

 ぐぬぬ、と歯軋りをする麗龍だったが、彼はまだ知らない。女の子の『お父さん大好き』の期間は、飛んでいく銃弾のように一瞬であることを。


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