ポプリ
 頭を抱える息子に、リィはクスクスと笑う。

「そっちは冗談だよ。デートにはこれを着て行って……」

 と、もうひとつの紙袋を渡される。

 中身は袖なしのカンフー着だった。いつも麗龍が着ているような、上は紺色、下は白のシンプルデザイン。しかしその布はちょっと触っただけで上質なものだと分かる。

「背中に龍が刺繍してあるの。かっこいいね」

 銀の糸で刺繍された龍は遠目から見ると目立たない。けれども控えめなその色が、麗龍の好みに合っていた。

 これも和音のお手製らしい。

 あの人は確か天才ヴァイオリニスト、巨匠と言われる人ではなかったのか。

「最近家にいることが多くなって、時間がたくさんあるんだって」

 そういう問題か、とも思ったが、これならユリアの前に出ても恥ずかしくない気がすると、それを着ていくことにする。





 待ち合わせは天神公園入口。それから電車に乗って天神モールへ行き、買い物をする予定だ。

 腕時計で時間にはまだ余裕があることを確認し、些か緊張をはらみながら照り付ける灼熱の太陽の下、歩いていく。

『楽しみです』

 昨日やり取りしたメールの履歴には、かわいらしいスタンプとともに、そんな文言が残っていた。

 麗龍は筆不精な方なので、何と書いて送っていいのか分からなくて文字を打つのに随分時間がかかった。

 その返事が、ハートを飛ばした愛らしい羊つきの『楽しみです』。

 苦手なメールのやり取り後の疲れが、爽快なものに変わった瞬間だった。


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