ポプリ
 焼きそばパンを差し出したら、龍一郎はカッと目を光らせて、それにかぶり付いた。

 もぐもぐごくん。

 たった一口で、焼きそばパンは無くなった。……足りないようだね。

「……南原」

「はい、お嬢様」

 南原は焼きそばパンを五個、ボクに渡してくれた。大食らいの彼にはたぶんこれでも足りないだろうけれど、我慢してもらうしかないだろう。もう購買のパンは売れ切れてしまったそうだから。

「ふうー、助かったぜ奏楽。ありがとな」

 パンを食べ終わった龍一郎は、すっきりした顔で起き上がった。

「どういたしまして。蒲公英は風邪かい? ボクの主治医を向かわせようか?」

「ああ、父ちゃんが病院に連れて行ったから心配ねぇよ」

「そうか。お大事にするように言っておいてね。蒲公英の元気がないなんて、ボクの胸が心配で張り裂けそうだからさ。辛い時はちゃんと言ってね、夢の中でも会いに行くから……って、伝えてくれるかい?」

「……伝えとく」

 龍一郎は少し口元を引きつらせながら頷いた。……何か変なことを言っただろうか?

「あれ、そういやお前、今日はヴァイオリン持ってねぇのな」

 口の周りについた焼きそばソースをペロリと舐めながら、そんなことを言われる。

「ああ、うん、今日は弾く気分じゃなくてね……」

 龍一郎も他のみんなのように残念だと思うのだろうか。それなら申し訳ないな、と思ったのだけれど。

「ま、そういう日もあるわな」

 そう言いながら、軽く服についた埃を払った。

「……うん」

 あっさりとそう言われて、少し拍子抜けしてしまった。龍一郎はヴァイオリン、あんまり興味ないから、かな。

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