ポプリ
「でも、ボクが弾かないとみんなが心配をしてしまって。なんだか申し訳ないなと思ってさ」

「あ? なんで」

「なんでって……」

「弾きたくねぇなら弾かなきゃいいだろ。なんで悪ィとか思うんだよ」

「……ボク、ボクの演奏で笑顔になってもらうの、好きなんだよね。だから残念がられると申し訳なくなるんだ」

「あー? ……うーん、そうか、そういうこともあんのか」

 龍一郎はうーん、と少し考えて。

 そしてやっぱり、同じ答えに辿り着いた。

「そんでも無理に弾くことはねぇだろ。お前が楽しくねぇなら他のヤツラも楽しくねぇよ」

「……そうかな」

「そうだって。大丈夫だって、飯は食わねぇと死ぬけど、ヴァイオリンは弾かなくたって死にゃしねぇんだからよ」

 二カッと白い歯を覗かせて笑い、ボクの肩をポン、と叩いた龍一郎は、「焼きそばパンの代金は父ちゃんが払うからー」とヒラヒラ手を振り、階段を下りて行った。

 その軽快な足取りに、どうやらボクは難しく考えすぎていたようだと反省した。




 考えてないで、行動してみよう。

 そう思い立って、兄の仕事が終わるのを見計らって部屋へ突入する。

「奏楽、もう食事の時間かい?」

 秘書の人たちがボクに頭を下げながら退室していくのに会釈で返してから、ボクは首を横に振った。

「ううん、まだだけど。……ボク、兄様に訊きたいことがあって」

「うん、なんだい?」

「兄様は昔ピアニストになりたかったって言っていたよね。今も、なりたいと思う?」

 兄はゆっくりとボクへ視線を向けて、それから柔らかく微笑みながらゆるく首を振った。

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