ポプリ
「もう無理だからね」

「でも、足が治ったら?」

「うーん……いや、治っても、目指さない」

「どうして?」

「これはね、僕の戒めだから」

「……なんの?」

 そこで兄は少し哀し気な顔をした。迷うように視線を彷徨わせ、けれども最終的にはボクをしっかりと見た。

「昔、驕り高ぶっていたことへの。そのせいである人を傷つけてしまったことへの。……一生消えない傷を負ったその人への贖罪の意味もある。この怪我は、神が与えた僕への罰だから。だから、治さなくていいんだ。僕自身への戒めとして。忘れないためのものだから」

 兄の怪我は治そうと思えば治せるのだ。

 最高の医療設備の整った病院を用意することは出来るし、何より、ボクたちは凄い人たちと知り合いだから。

 精霊と友達だという、異世界の住人。

 それから、花龍さんや麗龍さん。

 彼らに頼めば、兄の怪我もきっと治る。

 けれどもそれをあえてしないのは、兄自身の意志だったらしい。

「……辛くないの?」

「それも含めての罰だからね」

「ボクがヴァイオリン弾くの見てても、辛いんじゃない?」

 それが一番訊きたかった。

 けれどもそれを訊くのは少し怖かったから、兄の言葉に被せるように、早口で言い切った。

 兄は軽く目を見開いた。

「……ああ」

 そう、納得したような顔をして、ボクの方へと車椅子を動かした。

「奏楽のヴァイオリンは僕の癒しだよ。辛くなんかない。むしろ、訊けないとガッカリしてしまうね」

「……そう、なの? 嘘じゃない? 無理してない?」

「嘘じゃないさ」

「本当の本当?」

「本当さ。僕は奏楽の楽しそうに弾いている姿が好きだよ。君のヴァイオリンはとても優しい音がする。……僕の心を洗ってくれるんだ」

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