ポプリ
 いつもならば優雅なクラシックが流れる橘邸に、軽やかなジャズの音色が響いていた。

 伸びやかに世界を広げていくヴァイオリンと、しっとりとそれを支えるピアノ。窓から差し込む太陽の光が、二人の演奏を一層輝かせる。

「やっぱすげーな、和音は」

 黒髪を逆立たせた男性──かつては金髪だった──鳴海響也が、ヴァイオリンを弾きながらピアノの演奏主を振り返る。

「なにが?」

 白い鍵盤の上で長い指を躍らせながら、秀麗な笑みで橘和音は訊ねる。

「怪我。ぜんっぜん感じねぇな。完璧じゃん」

「ああ……そうだね」

 治してもらったからね、と和音は心の内で続ける。和音自身も努力したけれど、左手の切れた神経を完全に元通りにするには一歩足りなかった。それを補ってくれたのは、かつての同級生。癒しの力を持つ彼だった……。


 昨夜、二人は学生時代に交わした『同じステージで演奏する』という約束を果たした。もちろん世話になった『fermata』のマスターたちも一緒にだ。

 クラシック界の貴公子とジャズ界のプリンスの競演とあって、小さなライブハウスで開かれた演奏会のチケットは、販売された瞬間に売れきれたほどの人気ぶりだった。

 演奏会の興奮が冷めやらず、響也はそのまま橘邸に泊まり、昼ごろに起きだして(和音はきちんと早起きした)今、また和音との演奏を楽しんでいる。

『いつか王子様が』

 学生時代に一緒に弾いた思い出の曲であり、昨日もマスターたちと一緒に弾いた曲だ。ステージではだいぶ激しいアレンジを加えたが、今日は静かでかわいらしい感じだ。




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