雨虹~傘を持たない僕達は果てない空に雨上がりの虹を見た~
 匡は誰もいないグラウンドの片隅で、ピッチング練習を百球ほどで終えた。汗を拭い、ベースボールキャップを脱ぐ。

 すべての部活動は期末テスト前で休みだが、匡と同じように自主練をしている生徒もいるようだ。水道で顔を洗った匡は、どこからか聴こえてくる楽器の音に耳を澄ました。


 それはサックスのようだった。おそらく、吹奏楽部員が自主練習でもしているのだろう。吹奏楽部からふと千咲希を連想した匡は、先日の出来事を思い出した。

 折り畳み傘に二人で入って歩いた帰り道。

 体が近付いた時、千咲希の大きな黒い瞳が、揺れていた――。

 もう高校生だと言うのに「たっくん」なんて、昔みたいに呼ぶ千咲希に、素っ気ない態度を取ってしまう自分。あの頃とはもう、お互いに違うんだと言いたいけれど、あまりに綺麗になった千咲希をまともに見られないだけで。

 幼い頃は「たっくん」「ちーちゃん」と呼び合っていた。ピアノ教室の先生の一人娘で、優しくて可愛い千咲希はみんなの憧れの存在だった。一番小さかった匡を千咲希は弟のように、よく面倒を見てくれたのだ。
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