雨虹~傘を持たない僕達は果てない空に雨上がりの虹を見た~
 今も、千咲希にとって自分は弟のような存在なのだろう。そう思うと、悲しい訳ではないけれど寂しいという訳でもなく、複雑な感情が湧いてくる。

 遠く響いていた楽器の音が、何かの曲を奏で始めた。匡も聴いた事のある曲で耳心地が良く、思わず目を閉じて聴き入ってしまう。

 もうピアノは弾いていないと答えた時の千咲希は「そっか」と小さく言い、どこか寂しそうだった。

 こんなでかい図体の自分がいつまでもピアノを弾いているなんて、おかしいだろ、と言いたかったが、言えなかった。まったく、いつまで純粋なんだあいつは……と呆れるくらいだ。

 匡は部室に戻って着替えようと、グラウンドに背を向ける。その耳には、まだ楽器の音が、止むことなく届いていた。

 奏でていたのが千咲希だと知るよしもない匡と、その音が匡の耳に届いているなんて、思いもしない千咲希がいた。
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