隣に住むのは『ピー…』な上司
(や……す…あき………)



名前を思うのも嫌がる。

一度ならず二度までも、一体どうしてここへ来るんだ。



足を前に踏み出せずに止まった。

ガクガクと振動を始める膝小僧に静まれと言いたくなってしまう。


この男の前を通って行くことなんてできない。

そんなことをすれば、たちまちパニックが起きてしまう。



(どうしよう……)


この間のように課長はいない。

イヤな過去のトラウマと、たった一人で向かい合わないといけない。




(とにかく前へ……)


あの件があって以来、私はいつも一点だけを見つめた。

後ろや周囲を見回すのが恐ろしくて無理にでもそうした。


年恰好も違うのに、血が繋がっているというだけで叔父さんには近づけなかった。

逃げ出そうにも逃げられず、中学を卒業するまでの半年間、トラウマの残るあの家へと帰った。



数歩進むと泰明の目が私を捉えた。

薄笑いを浮かべる彼に能面のような眼差しを返した。



「何しに来たの。帰って」


辛うじて声を震わさずに言えた。
足元は力が抜けていきそうなのを必死で堪えようとしていた。



「この間も言っただろう。謝りに来た」


この最近忙しくてここへは足を運べなかったと言う。
そんな言い訳も何も聞ける様な心境じゃない。



「帰って。そんなの聞きたくもない!」


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