cherry blossom
かちゃん、と空っぽの音が響いて、
誰もいない家にじっとりと湿った空気が迎え入れてくれる。
「……ただいま」
空っぽの家に空っぽに響く空っぽの私の声に
答える声は
「おかえり」
なかったはずなのに。
久々に聞いた。
氷のようにひんやりとして尖りに尖った
、、、
本物のハルキの声を。
「ずいぶんとまぁ
お早いお帰りのようで」
じんわり煙草の匂いが部屋から漂ってくる。
そっちを見れば、
真っ黒な髪に真っ赤なカラコンをした
細身の男が、冷たい笑みを浮かべていた。
「……春樹さん」
その男……
春樹さんは、右手に持ってた煙草を携帯灰皿に押し付けて
片手をつきゆっくりと立ち上がった。
「ほーぉ
お前はいつ俺のことを名前で呼べるほど偉くなったんだ?」
私の顎を雑に掴んで持ち上げた。
「…………何のようですか」
「何のようですか、ねぇ?」
無表情で眉一つ動かさない私に興ざめしたように
掴んでいた顎を離すと、私の肩に手を置いた。
「言われなくても、分かるよなぁ?
偽モンのハルキ君がいつまでも引きずってるもんを
返してもらいに来たんだよ」
私の髪を弄びながら横目で冷たく笑う。
「……そんなもの、ここにはありませんよ」
だん、と壁が震えた。
私の目の前の男は燃えるような真っ赤な目に
いつも感じてた暗い敵意を宿していた。
その整った顔にはおおよそ似つかわしくない
醜く歪んだ感情。
「嘘ついちゃいけないよねぇ?
借りたもんはさぁ……ちゃんと返しましょうねって
小学校で先生に習ったよなぁ?
……泥棒猫が」
春樹さんが私の髪を掴み
その一瞬後に気づけば全身に
電撃のような痛みが走った。
壁に打ち付けられた私の体は
春樹さんが手を離すと重力にしたがってまた、
私は地面にうずくまる。
けしてわたしが抗えないことをいいことに
私の体を引きずったまま隣の部屋に移動した。
「……どうしても、ないってんなら
別のモノで払ってもらうしかねぇんだよなぁ咲ちゃんよぉ」
ここのところ閉めっぱなしのカーテンが、
部屋に光を入れずに部屋を暗くしていた。
薄暗い中で真っ赤な光が2つ私を見据えた。
「お前は俺から全部奪ったんだ。
……わかってるよな?」
私には、なにも、わからない。