恋の相手は王子様(あなた)じゃ困る!
恋の相手は王子様(あなた)じゃ困る!
レリアはその素顔を愕然として見つめた。仮面を外したその人は、間違いようもないエルガ王国の婚約者、あの肖像画のシリル王子だったのだ。
人々がどよめく中、シリルは何事もなかったかのようにレリアの仮面を取った。そして、彼女を抱き寄せようとする。
「だめよ!」
レリアは彼を拒絶するように叫んだ。しかし、彼はひるまなかった。
「言っただろ。俺はあなたが好きだ。仮面をつけた何百人から、あなたを見つけられるほどに、毎日あなたが送ってくれた肖像画を眺めて過ごした。俺に微笑んでくれるあなたを」
「嘘!」
「あなたが舞踏会を開くと知って、グランツ王国まで足を運んだんだ。他の男をあなたに近づけるわけにはいかないから」
真剣な顔でシリルが言う。
「そっ、そんなの関係ないわ! 恋の相手は王子様《あなた》じゃ困るのよ!」
レリアは呪文のように同じ台詞を繰り返した。そんな彼女に困惑したように、シリルは目を細めた。
「どうして? あなたは今夜俺と恋をした。本来なら許されざるべき恋を、未来の夫としたんだ。安心はしても困ることはないだろう」
「だめよ」
しかし、レリアは強硬に繰り返した。
「あなたじゃ、だめなのよ」
「だから、なぜ」
「だって」
衆目を忘れて、レリアは叫んだ。涙を流そうだなんて思ってもいないのに、熱いものが頬を滴った。
「あたしはあなたのことが好きじゃないの! あなたと恋なんてできないの! でも、あたしは王女だから、だから恋なんてできなくてもあなたの妃になるしかないの! だから……!」
レリアは泣き崩れた。地味な色のドレスが枯れた花のように床に広がった。シリルはその傍らにかがみ込んだ。
「レリア姫。俺が遊び人だというのはただの噂だ。身持ちの堅い美貌の男を、ご婦人方は嫌うものでね。それから……」
シリルはため息をついて続けた。
「手紙を返さなかったのは悪かった。俺はとんでもない悪筆で……その、失望されたくなかったんだ」
「そっその代わりに、肖像画を送ってくるなんて、ナルッ、ナルシストじゃない!」
レリアがしゃくり上げる。シリルは眉間にしわを寄せた。
「それは……まあ、否定できないところではある」
「やっぱりっ! だから、あたしはあなたが嫌いなの! 大っ嫌いなの!」
「それは違うね」
すると、シリルは初めて強引に彼女の顎を引き上げた。仮面で隠されていた美貌がレリアを正面から見つめた。
「俺の噂がどうであれ、あなたが恋に執着するのは、誰かに望まれたいからだ。こんな色気のない政略結婚ではなく、乞われて妃になりたいからだ」
「そうよ、当たり前じゃない!」
恥も外聞も忘れて、レリアは泣き濡れた。
一目見たときから、シリルのことが好きだった。けれど王子は軽薄で、浮き名はグランツ王国まで流れてきた。そんな人を夫としても、愛のある結婚生活は決して送ることができないだろう。彼女は愛を知らぬまま、みじめな一生を終えるのだ。
「だってそんなの嫌だもの! そんなの、絶対に嫌なんだもの……!」
再びわんわんと声を上げて泣き出したレリアを、シリルはいとおしそうに目を細め、それからそっとその泣き顔を覗き込んだ。
「……おてんばそうに見えて、案外まじめなんだな。どうして俺に一度も会いもせずに、そこまで思い詰めることができるんだ」
一瞬、あたたかなくちびるがレリアの頬に触れた。それから息が苦しいほど強く抱きしめられる。
「俺も見た目よりも一途なんだってことを、これから時間をかけて教えてやるよ」
熱い吐息が耳にかかった。同時に、十二時を告げる鐘が大広間に響き渡った。
【おわり】
人々がどよめく中、シリルは何事もなかったかのようにレリアの仮面を取った。そして、彼女を抱き寄せようとする。
「だめよ!」
レリアは彼を拒絶するように叫んだ。しかし、彼はひるまなかった。
「言っただろ。俺はあなたが好きだ。仮面をつけた何百人から、あなたを見つけられるほどに、毎日あなたが送ってくれた肖像画を眺めて過ごした。俺に微笑んでくれるあなたを」
「嘘!」
「あなたが舞踏会を開くと知って、グランツ王国まで足を運んだんだ。他の男をあなたに近づけるわけにはいかないから」
真剣な顔でシリルが言う。
「そっ、そんなの関係ないわ! 恋の相手は王子様《あなた》じゃ困るのよ!」
レリアは呪文のように同じ台詞を繰り返した。そんな彼女に困惑したように、シリルは目を細めた。
「どうして? あなたは今夜俺と恋をした。本来なら許されざるべき恋を、未来の夫としたんだ。安心はしても困ることはないだろう」
「だめよ」
しかし、レリアは強硬に繰り返した。
「あなたじゃ、だめなのよ」
「だから、なぜ」
「だって」
衆目を忘れて、レリアは叫んだ。涙を流そうだなんて思ってもいないのに、熱いものが頬を滴った。
「あたしはあなたのことが好きじゃないの! あなたと恋なんてできないの! でも、あたしは王女だから、だから恋なんてできなくてもあなたの妃になるしかないの! だから……!」
レリアは泣き崩れた。地味な色のドレスが枯れた花のように床に広がった。シリルはその傍らにかがみ込んだ。
「レリア姫。俺が遊び人だというのはただの噂だ。身持ちの堅い美貌の男を、ご婦人方は嫌うものでね。それから……」
シリルはため息をついて続けた。
「手紙を返さなかったのは悪かった。俺はとんでもない悪筆で……その、失望されたくなかったんだ」
「そっその代わりに、肖像画を送ってくるなんて、ナルッ、ナルシストじゃない!」
レリアがしゃくり上げる。シリルは眉間にしわを寄せた。
「それは……まあ、否定できないところではある」
「やっぱりっ! だから、あたしはあなたが嫌いなの! 大っ嫌いなの!」
「それは違うね」
すると、シリルは初めて強引に彼女の顎を引き上げた。仮面で隠されていた美貌がレリアを正面から見つめた。
「俺の噂がどうであれ、あなたが恋に執着するのは、誰かに望まれたいからだ。こんな色気のない政略結婚ではなく、乞われて妃になりたいからだ」
「そうよ、当たり前じゃない!」
恥も外聞も忘れて、レリアは泣き濡れた。
一目見たときから、シリルのことが好きだった。けれど王子は軽薄で、浮き名はグランツ王国まで流れてきた。そんな人を夫としても、愛のある結婚生活は決して送ることができないだろう。彼女は愛を知らぬまま、みじめな一生を終えるのだ。
「だってそんなの嫌だもの! そんなの、絶対に嫌なんだもの……!」
再びわんわんと声を上げて泣き出したレリアを、シリルはいとおしそうに目を細め、それからそっとその泣き顔を覗き込んだ。
「……おてんばそうに見えて、案外まじめなんだな。どうして俺に一度も会いもせずに、そこまで思い詰めることができるんだ」
一瞬、あたたかなくちびるがレリアの頬に触れた。それから息が苦しいほど強く抱きしめられる。
「俺も見た目よりも一途なんだってことを、これから時間をかけて教えてやるよ」
熱い吐息が耳にかかった。同時に、十二時を告げる鐘が大広間に響き渡った。
【おわり】