甘く、切なく、透明な
今から二十年も前――沙耶子が大学に入った頃――沙耶子は、大学の授業で覚えた知識を使って自分のホームページをつくった。
インターネットだなんてものは、今の時代のように誰もがアクセスするものではなかった。
スマートフォンなんておろか、携帯電話だって緑色の画面のほうが多い時代で、ネット上には拙い作りの個人のホームページだけが溢れているような、そんな頃だった。
沙耶子がつくったのは、趣味の映画のサイトだった。それも大したものではない。無料で拾ってきた夜の月を背景画像に指定して、映画のタイトルにリンクを張っただけの、今じゃとてもお目にかかれないようなものだ。
けれど、ほかのサイトも同じようなものだったし、沙耶子はネットの上に自分の部屋のような空間がひっそりと開かれたことにとても満足していた。
それに沙耶子の周りには、映画が好きだという友達がいなかった。もちろん、趣味を「映画」だと言い張る者もいたが、沙耶子のように古今を問わずに見漁る――本ならば「読み漁る」というように――人はいなかったのだ。
とにかく、そのつくったホームページで、沙耶子は好きな俳優の名前をとって、「ケビン38」と名乗った。ネットで女性だと明かすことは避けたかった。というのも、ネットで知り合った男性にセクハラまがいの中傷をされた友達を知っていて怖かったからだ。
ケビン、の次の38というのは、思いつきでサヤ、という音に38という数字を当てただけのものだった。これなら女性だと分かる心配もないし、かつ、自分だけの秘密の暗号のようで、沙耶子はこの名前が気に入っていた。そして沙耶子は映画を見るたびに、その感想をただホームページに乗せた。
誰かが見てくれるかもしれない、という期待はあった。けれど、誰かに積極的に見てほしいわけでもなかった。
もしかして――天文学的な確率で、私と同じことを感じてくれる人がいてくれたら嬉しい、それくらいの思いだった。けれど、あるときケビン38宛て――つまり沙耶子の元に、サイトを見た誰かからのメールが届いたのだった。
インターネットだなんてものは、今の時代のように誰もがアクセスするものではなかった。
スマートフォンなんておろか、携帯電話だって緑色の画面のほうが多い時代で、ネット上には拙い作りの個人のホームページだけが溢れているような、そんな頃だった。
沙耶子がつくったのは、趣味の映画のサイトだった。それも大したものではない。無料で拾ってきた夜の月を背景画像に指定して、映画のタイトルにリンクを張っただけの、今じゃとてもお目にかかれないようなものだ。
けれど、ほかのサイトも同じようなものだったし、沙耶子はネットの上に自分の部屋のような空間がひっそりと開かれたことにとても満足していた。
それに沙耶子の周りには、映画が好きだという友達がいなかった。もちろん、趣味を「映画」だと言い張る者もいたが、沙耶子のように古今を問わずに見漁る――本ならば「読み漁る」というように――人はいなかったのだ。
とにかく、そのつくったホームページで、沙耶子は好きな俳優の名前をとって、「ケビン38」と名乗った。ネットで女性だと明かすことは避けたかった。というのも、ネットで知り合った男性にセクハラまがいの中傷をされた友達を知っていて怖かったからだ。
ケビン、の次の38というのは、思いつきでサヤ、という音に38という数字を当てただけのものだった。これなら女性だと分かる心配もないし、かつ、自分だけの秘密の暗号のようで、沙耶子はこの名前が気に入っていた。そして沙耶子は映画を見るたびに、その感想をただホームページに乗せた。
誰かが見てくれるかもしれない、という期待はあった。けれど、誰かに積極的に見てほしいわけでもなかった。
もしかして――天文学的な確率で、私と同じことを感じてくれる人がいてくれたら嬉しい、それくらいの思いだった。けれど、あるときケビン38宛て――つまり沙耶子の元に、サイトを見た誰かからのメールが届いたのだった。