ミラージュ
…試合は終わったみたいだった。一年生辺りがコーンを片付けている。やっぱり時間はちょうどよかった。
さっき後にした400mトラックに目をやると、女子が終わった後に始まった男子のタイムトライアルが始まっていた。
視線を泳がす。そして、見つけた。
彼の順番は三番目。
視線の先は、見なくてもわかる。
小さく深呼吸をして、足を踏み出した。
「紗耶香ちゃん」
水道の下にヤカンを置いておでこの汗を手の甲で拭っていた彼女が、あたしの声で顔を上げた。
相変わらず可愛らしいその顔に満面の笑顔を浮かべる。
「ナッちゃん!部活終わったん?」
「うん、紗耶香ちゃんは…まだみたいじゃね」
「うん。今から部員にこの水配らんにゃいけん」
肩をすくめて水がたっぷり入ったヤカンを指差し、そのまま蛇口を止めた。
その細い腕は少し赤くなっていて、日に焼けたことがわかる。
あたしの腕は赤くなるどころかすぐに黒くなるから、なんだか紗耶香ちゃんの焼け方が羨ましかった。女の子、って感じがして。
「大丈夫?一人で持てる?」
「大丈夫大丈夫!これでも少しは体力ついたけぇね。部員の相手しちょったら、嫌でも逞しくなるっちゃ」