ミラージュ
ガッツポーズをかまし、紗耶香ちゃんは水がたぷたぷ揺れるヤカンを両手に持つ。バランスを崩しそうな彼女に思わず手をさしのべるが、大丈夫と笑顔を返して立ち直った。
「じゃあ、ナッちゃんも気をつけて帰ってね」
「うん。頑張って、マネージャー!」
「頑張ります!」と笑顔で言うと、くるりと踵を返して歩き出した。
線の細い後ろ姿に、ウェーブのかかったツインテールがよく似合う。紗耶香ちゃんは、あたしにはないものを沢山持ってた。
羨ましいくらい、女の子だった。
紗耶香ちゃんから少しだけ視線をずらす。400mトラックでは、多分800mのタイムトライアルが行われていた。彼はもう走り終わっていた。鉄棒の下に腰掛けて、アクエリアスを手にもって。
視線の先は見なくてもわかった。
わかってたけど、辿らずにいられなかった。
試合が終わったサッカー部員達にヤカンを渡す。笑顔が夕日によく映える。
あたしは視線を流し、グラウンドを後にした。
わかってる。視線の一方通行は絶対に崩れない。
あたしはわざと、崩してるの。
それが一瞬の幻影だと、わかっているのに。