彩華
 紫苑の歌声が響く中で、男はじりじりと間合いを詰めた。
 抜刀の間合いであれば、紫苑の攻撃を受ける危険はない。
 刀よりも長い得物は、ここにはないからだ。

 だが慎重に、足指で畳を探りつつ間合いを詰める。
 一足一刀の間境の一歩手前で、男は、ふ、と一瞬肩の力を抜いた。
 斬撃の気配を見せたのだ。

 これに、紫苑が反応した。
 びぃん、と一際大きく三味線が鳴り、弦が切れた。
 それと同時に、紫苑の手先から撥が飛ぶ。

 若者の血に濡れた撥が、鋭く飛んで男に迫る。
 が、これを男は辛くも避けた。
 そして前に伸びていた紫苑の正面に踏み込んだ。

「貰った!」

 先に攻撃した紫苑には、もう武器を用意する間がない。
 男は一気に抜刀した。

 柄を握った手に、刀身が何かに食い込む感触が伝わる。
 紫苑の身体に違いない。

「甘いよ、お侍様」

 目の前の紫苑が口を開いた。
 腹を抉られたはずなのに、その口調に変化はない。

 男が目だけを動かして見てみると、己の刀が抉ったのは三味線だった。
 驚いて刀を引こうとした男の首に、しゅるりと何かが巻き付いた。

「お侍様の首は、撥の代わりになるかなぁ」

 にぃ、と目尻を下げた紫苑が言う。
 男の首に巻き付いているのは三味線の弦だ。
 紫苑が足で押さえた三味線から伸びた弦が男の首に巻き付き、一周したその先を、着物の帯を巻いた紫苑の手が握っている。

 男の目に映った紫苑の口が半月状になった途端、首に衝撃が走り、一拍置いて、びぃん、と音がしたような気がした。


*****終わり*****

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