毛づくろう猫の道しるべ
 入学式を迎えた頃はバラ色の高校生活が約束されたと思っていただけに、もやもやと心に不満だけが蓄積されていった。

 その放課後、帰り支度をし始めたところで、雨が本降りになってきていた。

 希莉とは何も変わらないままにまた一日が過ぎ、明日はどうなるのか不安を抱きながら窓の外を眺めた。

 傘を差して外にでるのも躊躇うくらいの本降りの雨のせいもあったが、気が滅入って落ち込んでしまう。

 だからこの時、近江君が声を掛けてきてもぼんやりとして、訳がわかってなかった。

「遠山、聞こえてないのか?」

「えっ? あっ、ああ……」

 声が漏れただけだった。

「何が、ああだよ、さっきから呼んでるのに無視しやがって」

「ご、ごめん」

「まぁいいけど。ちょっと放課後付き合ってくれないか?」

「えっ? どうして?」

「どうしてって、いいから来いよ」

 ぶっきら棒に近江君は顎で指図してから先に教室を出て行った。

 私も慌ててついて行かざるを得なかった。

 スタスタと廊下を歩いていく近江君の後姿を目で追って、私は引き寄せられるように後をついていく。

 一切気を遣わずに、素で私に接してくる近江君。

 いつの間にかそれに慣れてしまっている私。

 お蔭でこっちも妙に意識しないで、普通に接しやすい。

 近江君は唯一このクラスで私が落ち着いて接することができる人だと感じる。

 今まで男性と話したことなかった私にとって、その現象はとても不思議なものだった。

 そして人見知りなどすることなく泰然として誰とでも話すことができる近江君は、なぜいつも一人で居るのかも謎だった。

 ポツンと一人で机に向かっている近江君と、私と話してる時の近江君とでは上手く説明できないけど明らかに違いがあった。

 知れば知るほど、近江君は教室の中で一人でポツンといるようなタイプではない。

 本来なら私なんかと話すようなタイプでもないように思う。

 髪型は無頓着でダサいけど、時折見せる表情に艶やかさがあった。

 つまり、世間なれしているというのか、垢抜けているというのかそういうものを感じる。

 そして後姿は、成長段階の途中で少年から青年へと移り変わりのある、大人っぽさが現われてきている。

 まじまじとみれば肩幅がしっかりとして、背丈もあった。

 何か違う次元に存在しているような、また違った意味で草壁先輩と同じように人から一目置かれるような、そんなイメージが漠然と浮かんでいた。

 廊下に溢れる人をすり抜けて、やっとの思いで近江君について行く。

 気がつけば、外に面した普段訪れることのない校舎の渡り廊下に来ていた。

 屋根があるので、雨は降らないがその分、端から雨だれが暖簾のように垂れている。

 この先はレクリエーションルームや小規模の講堂が設備された校舎がある。

 私は追いつこうと小走りになって近づき、近江君の袖を後ろから掴んで引き止めた。

「ちょっと待って。一体どこへ行くの?」

「俺だって迷惑してるんだぜ」

「えっ? 迷惑?」

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