毛づくろう猫の道しるべ
 一体どういうことだ。近江君の方から声を掛けてきて連れ出されているのに、それが迷惑だなんて信じられない。

「いいからついて来い。始末は自分でつけろ」

「始末?」

 なげやりにはっきりと言う近江君の態度は横柄に思えた。

 有無を言わせないまま、再び歩きだし、私はもつれそうにまた小走りに追いかけた。

「何言ってるかわからない。ちょっとちゃんと説明してよ」

 私も負けずに応酬したが、近江君は説明するのが面倒臭そうに軽く舌打ちしていた。

 そしてやっと立ち止まり、私と向かい合った。

「お前さ、俺と係わってしまったことで道を誤ったのかもな。だからその後は自分でなんとかして欲しいんだよ」

「えっ? それどういう意味? 何を言ってるのかわからないんだけど……」

 益々困惑している私の顔を近江君は思案しながらじっと見つめていた。

 そして最後にクスッと笑い、いたずらな目つきになって意地悪い笑みを浮かべて楽しんでいる様子だった。

「やっぱり、遠山は真面目だな。お前、もっと気楽になってもいいんじゃないか。まあ、俺はそういう真面目さに興味が湧く方だけどな」

「はぁ?」

「だから、その真面目さが好感を呼んで人が集まるってことだ。早い話が、草壁がお前を呼んでこいって、俺を脅したんだよ」

 真面目が好感を呼んで、草壁先輩が私を呼ぶ? 益々わからない。

 それに脅されたってそれ何よ。

 脅されて物騒な響きの割には、なぜか面白そうにしているその態度も腑に落ちない。

「草壁先輩が、脅した? 私を呼んでこいって?」

「そういうこと。これでどういうことか分かるだろ。ほら、早く行って片付けて来いよ。俺、忙しいんだから」

 近江君は私の背後に回ると、後ろから肩を押して、観音開きのドアの前に突き出した。

 ここは来賓やゲストが来たとき、特別セミナーを行ったり、ちょっとした舞台があって演劇部が劇に使ったりする小規模な講堂だった。

「それじゃ、あとは頑張って」

 近江君は重たそうなドアを開け、いきなり私の背中を押した。

「ちょ、ちょっと!」

 私はつんのめりながら、その教室に足を踏み入れ、よたよたと中に入るも慌てて振り返る。
 だが無常にも目の前でバタンとドアが閉まった。

 近江君は私をこの部屋に閉じ込めてさっさと去ってしまった。

 唖然として突っ立っている私に誰かが声を掛けてくる。

「ハルの奴、酷い扱いするな」

 振り返れば、そこには草壁先輩とトレーニングウェアを身に纏った大勢の男子生徒が、一斉に私を見ていた。

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