毛づくろう猫の道しるべ
 何かしたのなら謝るから 早くここから出て行かせて。

 涙目で草壁先輩を見つめ、助けを懇願する。

「何かしたって言ったら、昨日はチョコレートありがとうな。みんなで美味しく食べたよ」

 宗谷先輩がいうと、周りの人達も同じように「うまかった」「ありがとな」「サンキュー」とそれぞれ礼を述べだした。

 どうやら目の前にいる人達は草壁先輩と同じサッカー部の部員だった。

 そして宗谷先輩と呼ばれる人が、部長に違いない。

 草壁先輩が、先輩と呼ぶくらいだから三年生なのだろう。

 私がチョコレートを草壁先輩に渡したばかりに、なんだかさらに広がってとんでもない事になっている。

 これが近江君の言っていた、始末をつけろということなのだろうか。

 でも一体何をどうやって始末するというのか、私の頭は混乱し落ち着いて考えてる余裕などなかった。

「は、はあ」

 気の抜けた音しか口から出てこない。

「なんかこの子、怖がってるみたいだな」

 宗谷先輩は太い声で、ガサツに笑った。

「千咲都ちゃん、別に怖がらなくてもいいんだって。実はさ、昨日貰ったチョコレートをみんなで食べてる時、俺が千咲都ちゃんの話をしたもんだから、どんな子か見たいって宗谷先輩にいわれてさ。それで逆らえないから、ハルに連れてきてもらったんだ」

「おいおい、逆らえないってどういう意味だ。俺はそんなに怖い奴か」

「結構、怖いですよ。三年生になったら、ますます先輩面して下級生を顎で使ってさ」

「おい、草壁、言葉に気をつけろよ」

「ほら、すぐ脅すでしょ」

 草壁先輩も宗谷先輩も笑っているところを見ると二人はいい関係らしい。

 チョコレートをあげたばっかりに、私はまたやっかいな状況に突進んでしまったらしい。
 
 そんなことで一々反応しないでいいのに、なんでこんな事になっているんだろう。

 なんだか泣きたくなってくる。

「あの、そんな、わざわざお礼なんていうほどのものではないです。ご丁寧にありがとうございます。では、私はこれで……」

「千咲都ちゃん、そんな逃げることないって。実はさ、ここに来て貰ったのは他にも理由があるんだ。よかったら、サッカー部のマネージャーになってくれないかな」

「えっ?」

 突然の草壁先輩からのオファーに私は驚くことしかできなかった。

 私がサッカー部のマネージャーになる? 嘘!?

「一人辞めちゃうんだよね。それで急遽代わりを探している時に、草壁が君の事話したからさ。結構珍しいんだぜ、草壁が女の子の事を話すのって。こいつ、い つもモテル方だから、自然と女が集まって来るけど、特定の一人の女の子の話なんてしないんだ。草壁に気に入られたのなら、いい子だろうなって思ってさ。そ れで来てもらったんだ」

 宗谷先輩が話してる側で草壁先輩は自信を持った笑みで頷いていた。

「あ、あの、その、私」

 急に言われて、すぐ返事などできるわけがなかった。

 それにサッカー部のマネージャーだなんて私に務まる訳がない。

 だけどこんな状況であっても、一人辞めるという言葉が気になった。

 それはもしかしてサクライさんの事ではないだろうか。

 マネージャーといえばサクライさんのことしか知らないのだが。

 もし、私がマネージャーになってしまったら、あのサクライさん親衛隊からの迫害が酷くなる原因を作る何ものでもない。

 これ以上の問題はもう抱え込みたくない。

「で、で、で……」

 どもりながらできませんと言おうとしているときに、周りがなんだか茶化しだした。

「ん、デデデ…… あっ、デデデ大王!」

「デデンデンデデン…… ターミネーター!」

「お前ら、アホか」

 宗谷先輩が牽制しても、皆気にせず笑っている。

 こういうノリをするところをみると、みんな気さくなんだろうけど、益々言いにくい。

 でも勇気を振り絞って踏ん張った。

「私、その、できまぁ……すぅぇ(せ)……ん」

 力強く言い切ろうとしたその時点で、いきなり後ろのドアが開いて、語尾の言葉がかき消された。

 振り返ればそこには、見たことない女生徒が立っていて、私と目が合った。

 向こうもいきなり私がいたのできょとんとしている。

「おっ、櫻井、ちょうどよかった。今例の件で話し合ってたとこだ」

 宗谷先輩の言葉で、一瞬にして目が見開いた。

 この人がサクライさん。

 そこには清楚なお嬢様が凜として立っていた。

 どうみても桁違いに美人だった。

 サクライさんは、そんじょそこらの女子高生ではなく、プリンセスのように気高い雰囲気を持っていた。

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