毛づくろう猫の道しるべ
成り行き上、私は承諾してしまった。
それこそもう後には戻れなくなった。
「そう、よかった。私もやってくれる人が居ないと困るの。だから遠山さんに断られたらどうしようかって思っちゃった。これで安心だわ。夏休みまでに、しっかりと仕事覚えてね」
切羽詰ったように殺気だっていた感情が消え、強張っていた顔が緩んでいた。
にっこりとして微笑むその笑顔は、美しいだけあって魅了された。
「あの、他にはマネージャーいないんですか?」
「まず三年生に二人いるわ。でもすぐに引退するの。一年生で二人入ってきたんだけど、一人体調崩しちゃってすでに辞めちゃってるし。それで二年生は私一人で、これまた辞めちゃうから、一人しか居なくなっちゃうわけなの。これでは大変なので急遽募集しなくっちゃならない時に草壁君があなたのこと言い出したって訳」
道理で切羽詰ったものがあって有無を言わせずに、押し付けた違いない。
「でも私、サッカーの事あまり知らなくて」
「そんなの覚えたら誰でもできるわよ。大切なのは、みんなが部活しやすいようにサポートすること。とにかく部室に案内するわ。そこで他のマネージャー達がいるから紹介する」
「さっきの部屋は部室じゃないんですか?」
「あそこは申請すれば誰でも使える部屋なの。雨の日とか、練習ができない時はあそこで室内トレーニングしたりしてるの。そういう日は屋内で練習できる場所を確保するのもマネージャーの仕事よ。覚えといてね」
「はい」
とんでもない事になってきた。
どうして私がサッカー部のマネージャーになってしまうのよ。
近江君が上級生から虐められてると勘違いしてから、私はどんどん変な方向に行ってるのではないだろうか。
手紙から発生した希莉との仲たがいも、草壁先輩がらみのトラブルも、そしてマネージャーも、もし私が近江君と知り合ってなかったらこんな事発生しなかった。
これって、全部近江君のせいってこと?
近江君の気取った笑みが脳裏に浮かび、私はもっていきようのない気持ちをその主犯格である近江君にぶつけたくてたまらなかった。
サクライさんに連れてこられた部室は、運動場に面し、まるで二階建てのワンルームアパートのように建っていた。
その一階の一番端がサッカー部の部屋として割り当てられている。
サクライさんが引き戸をガラッとあけ、先に中に入っていく。
私は恐る恐るついていった。
入った瞬間、じめじめした空気と染み付いて取れない汗、そして部屋にある全てのものが混じって、慣れない独特の匂いに思わずうっとこみ上げてくる。
棚やロッカーといった収納場所が並び、壁には部員の好みのプロサッカーのポスターが貼られ、その間に乱雑にユニフォームが掛けられている。
床にはいくつかのサッカーボールが転がってることで、ここがサッカー部だと主張していた。
その部屋の端よりで三人の女生徒がテーブルを囲んで座っていた。
私が部屋に足を踏み入れると一斉に視線が向けられた。
「この人が新しいマネージャーとなります、遠山千咲都さんです」
サクライさんがみんなに紹介し、私はおどおどとしながらテンポ悪く不恰好に会釈した。
「ひまり、よかったわね。後釜がすぐに見つかって」
堂々とした態度、この中で一番貫禄があり、サクライさんを呼び捨てにするところをみると三年生だろう。
その隣で、にこっと微笑み、この状況を喜んでいる人も同じく三年生に違いない。
どちらも初めて見る顔だった。
そして残りの一人、ぶすっとしてて愛想が悪い。
その顔には見覚えがあり、話した事はないけど、時々廊下で見かけたことがある。
多分向こうも私の事をすでに知っているのだろう。
なんだか気に入らなさそうに私を見つめる目が意地悪かった。
「ほら、何をぼっとしてるの。みんなに挨拶して」
サクライさんに言われて、はっと我に返り、私はこの上なく恥かしさがこみ上げてくる。
あまりにも圧倒されて自分を見失っていたから、咄嗟に最低限の礼儀ができなかったことが自分でも悔しい。
そういう部分を、人から指摘されて無理に強制されるのが、私の自尊心を一番傷つける。
「は、初めまして。遠山千咲都です。どうぞよろしくお願いします」
深く頭を下げ、なんとか体裁を整えようと試みる。
とりあえず取り繕った態度としても、殊勝で従順らしくすると三年生の二人にはいい印象を与えたみたいだった。
三年生たちがそれぞれ名を名乗ったあと、「緊張しなくてもいい」や「すぐに仕事が覚えられる」と励ましてくれた。
サクライさんも不満はあるだろうが、「来て貰えて本当に助かったわ」と一応は歓迎の意向を示した。
だが最後の一人は「私は加地美奈恵、宜しく」と簡素に自己紹介しただけだった。
彼女は多分、隣のクラスの生徒だったと思う。
接点はないのですれ違っても気にしなかったが、こうやって知り合ってしまうと、私が特に苦手とする気の強さが見受けられた。
それだけとても無愛想で、私に敵意を持っているような態度だった。
それこそもう後には戻れなくなった。
「そう、よかった。私もやってくれる人が居ないと困るの。だから遠山さんに断られたらどうしようかって思っちゃった。これで安心だわ。夏休みまでに、しっかりと仕事覚えてね」
切羽詰ったように殺気だっていた感情が消え、強張っていた顔が緩んでいた。
にっこりとして微笑むその笑顔は、美しいだけあって魅了された。
「あの、他にはマネージャーいないんですか?」
「まず三年生に二人いるわ。でもすぐに引退するの。一年生で二人入ってきたんだけど、一人体調崩しちゃってすでに辞めちゃってるし。それで二年生は私一人で、これまた辞めちゃうから、一人しか居なくなっちゃうわけなの。これでは大変なので急遽募集しなくっちゃならない時に草壁君があなたのこと言い出したって訳」
道理で切羽詰ったものがあって有無を言わせずに、押し付けた違いない。
「でも私、サッカーの事あまり知らなくて」
「そんなの覚えたら誰でもできるわよ。大切なのは、みんなが部活しやすいようにサポートすること。とにかく部室に案内するわ。そこで他のマネージャー達がいるから紹介する」
「さっきの部屋は部室じゃないんですか?」
「あそこは申請すれば誰でも使える部屋なの。雨の日とか、練習ができない時はあそこで室内トレーニングしたりしてるの。そういう日は屋内で練習できる場所を確保するのもマネージャーの仕事よ。覚えといてね」
「はい」
とんでもない事になってきた。
どうして私がサッカー部のマネージャーになってしまうのよ。
近江君が上級生から虐められてると勘違いしてから、私はどんどん変な方向に行ってるのではないだろうか。
手紙から発生した希莉との仲たがいも、草壁先輩がらみのトラブルも、そしてマネージャーも、もし私が近江君と知り合ってなかったらこんな事発生しなかった。
これって、全部近江君のせいってこと?
近江君の気取った笑みが脳裏に浮かび、私はもっていきようのない気持ちをその主犯格である近江君にぶつけたくてたまらなかった。
サクライさんに連れてこられた部室は、運動場に面し、まるで二階建てのワンルームアパートのように建っていた。
その一階の一番端がサッカー部の部屋として割り当てられている。
サクライさんが引き戸をガラッとあけ、先に中に入っていく。
私は恐る恐るついていった。
入った瞬間、じめじめした空気と染み付いて取れない汗、そして部屋にある全てのものが混じって、慣れない独特の匂いに思わずうっとこみ上げてくる。
棚やロッカーといった収納場所が並び、壁には部員の好みのプロサッカーのポスターが貼られ、その間に乱雑にユニフォームが掛けられている。
床にはいくつかのサッカーボールが転がってることで、ここがサッカー部だと主張していた。
その部屋の端よりで三人の女生徒がテーブルを囲んで座っていた。
私が部屋に足を踏み入れると一斉に視線が向けられた。
「この人が新しいマネージャーとなります、遠山千咲都さんです」
サクライさんがみんなに紹介し、私はおどおどとしながらテンポ悪く不恰好に会釈した。
「ひまり、よかったわね。後釜がすぐに見つかって」
堂々とした態度、この中で一番貫禄があり、サクライさんを呼び捨てにするところをみると三年生だろう。
その隣で、にこっと微笑み、この状況を喜んでいる人も同じく三年生に違いない。
どちらも初めて見る顔だった。
そして残りの一人、ぶすっとしてて愛想が悪い。
その顔には見覚えがあり、話した事はないけど、時々廊下で見かけたことがある。
多分向こうも私の事をすでに知っているのだろう。
なんだか気に入らなさそうに私を見つめる目が意地悪かった。
「ほら、何をぼっとしてるの。みんなに挨拶して」
サクライさんに言われて、はっと我に返り、私はこの上なく恥かしさがこみ上げてくる。
あまりにも圧倒されて自分を見失っていたから、咄嗟に最低限の礼儀ができなかったことが自分でも悔しい。
そういう部分を、人から指摘されて無理に強制されるのが、私の自尊心を一番傷つける。
「は、初めまして。遠山千咲都です。どうぞよろしくお願いします」
深く頭を下げ、なんとか体裁を整えようと試みる。
とりあえず取り繕った態度としても、殊勝で従順らしくすると三年生の二人にはいい印象を与えたみたいだった。
三年生たちがそれぞれ名を名乗ったあと、「緊張しなくてもいい」や「すぐに仕事が覚えられる」と励ましてくれた。
サクライさんも不満はあるだろうが、「来て貰えて本当に助かったわ」と一応は歓迎の意向を示した。
だが最後の一人は「私は加地美奈恵、宜しく」と簡素に自己紹介しただけだった。
彼女は多分、隣のクラスの生徒だったと思う。
接点はないのですれ違っても気にしなかったが、こうやって知り合ってしまうと、私が特に苦手とする気の強さが見受けられた。
それだけとても無愛想で、私に敵意を持っているような態度だった。