毛づくろう猫の道しるべ
 悲しみで麻痺した私の心は全てを色あせさせた。

 お蔭でやっと嫌なしがらみから解放されて、自由になったような気がした。

 ついでに、加地さんにも会いに行った。


「あのね、サクラって言う字は二通りあるって知ってる? 本人になりすましたかったら、漢字を間違えない事ね。これ以上私に嫌がらせするのなら、出るとこでるからね。あの手紙にも指紋がついてるだろうし、うちの父の知り合いに警視庁の刑事と検察官と弁護士がいるから、いざという時は調査して脅迫罪で訴えるからね」

 知り合いの下りは嘘だった。

 でもそれは充分の効果があったみたいに、加地さんは何もいえなくて口をわなわなさせていた。

 私の反撃に驚いているようでもあり、訴えられたらどうしようという不安もあるようだった。

 私がこんな事をいうなんて思いもよらなかったから、これが功を奏したみたいだった。

 こんなことができたのも、ブンジのご加護なのかもしれない。

 ブンジがきっと私に力を与えてくれたんだ。

 そう思うことでブンジを失った悲しみを私は必死に補おうとしていた。

 
 そして放課後、終わると同時に教室を素早くでて家路に向かった。

 下駄箱で靴を履き替え、外へ出ようとした時、名前を呼ばれて引き止められた。

「遠山!」

 振り返れば、近江君だった。

「何? 私急いでるんだけど」

「お前さ、なんか変だよな。別人のように態度ががらっと変わってるぞ」

「それがどうしたのよ、近江君には関係ないでしょ」

「一体どうしたんだ?」

「私に構ってる暇があったら、櫻井さんと留学の準備にとりかかった方がいいんじゃないの。ただでさえ忙しいんでしょ」

「遠山、なんかお前らしくない」

「私らしいって、何? 別にいいじゃない。近江君が心配することなんて何もないわよ」

「お前さ、今朝、目を赤くして腫らしてただろ。思いっきり泣いた後の顔だったぜ。遅刻もしてきたところをみると、家で何か悲しいことがあったんじゃないのか」

「別に……」

 悲しいこと。

 近江君はやっぱり洞察力を持って私を見ていた。

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