毛づくろう猫の道しるべ
「おはよう、近江君。いつもありがとう」

「バレちまったか。学校には内緒だぞ」

 そのやり取りを父と母は黙って見ていた。

 近江君は出窓に振り返り「寂しくなったな」と呟く。

 そして玄関先にいた、私の父と母に頭を下げた。

 まだ状況を把握していない父と母は、気持ち的に浅く首を振って返していた。


「それじゃ、また学校でな」

「気をつけてね」

 近江君は頷いて、すぐさまバイクを走らせ去っていった。

 昨日と同じように姿はあっと言う間に消えた。


 私は受け取った新聞を父に黙って手渡す。

 父は言葉に詰まりながらそれを手にして、じっと見つめていた。

 すでに夜が明け、辺りは明るくなっていた。

 その日は珍しく雲がなく、これから澄んだ青空が広がろうとしていた。
 
 梅雨もそろそろ明けるのかもしれない。


 親子で早起きした朝、私はコーヒーメーカーに水を入れスイッチを押した。

 父はテーブルに着き、食卓の上に置いた新聞を読まずにいつまでも眺めていた。

 母はその隣で何を話していいのかわからないまま、じっと座っている

 コーヒーメーカーからやがて、沸き立つお湯のスチーム音が聞こえ、徐々にコーヒーの液体がポットに溜まっていく。

 最後はピーという出来上がりの知らせ音が鳴った。

 私はポットを手にとって、それぞれのマグに注いで、それを父と母の前に置いた。

 どちらも「ありがとう」と言ってそれを手にした。


 母は予めテーブルの上に用意していたクリームを手に取り、それをコーヒーに注いでいたが、父はブラックのまますぐさま口にした。

 私も自分のコーヒーカップを手にして、椅子に座り、砂糖とクリームを入れてかき混ぜた。

 私達は暫くコーヒーを無言で味わい、一息ついた。

「美味しいよ」

 父がぼそりと言った。

 母は同意するように隣で頷いていた。

「ブンジね、いつも新聞配達のバイクの音が聞こえると出窓に上がって、見てたんだ」

「そっか」

 背中を丸めた父がコーヒーをズズーっと啜った。

 それ以上何もいわない父がもどかしく、私は単刀直入に訊いた。

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