毛づくろう猫の道しるべ
「だ、だって、近江君が上級生に虐められてたし、助けようと思ったら咄嗟にあんな行動にでてしまったの」

 ここで無表情だった近江君の顔が弛緩して、突然噴出し、その後は体をくの字にするほど思いっきり笑い転げていた。

 今度は私が困惑してあっけに取られてしまい、暫く近江君の顔を困惑の面持ちで見ていた。

「あー、なんか久しぶりに笑ったぜ。でも遠山は俺を助けてくれた事には変わりない。あいつもしつこかったからな。とにかく、ありがと」

「ということはやっぱりいちゃもんつけられてたんでしょ」

「まあな、そういうことになるかな。だけど心配するな。俺一人でなんとかなるから。変なことには首を突っ込まないって決めてるんだ。もう懲りたから」

「えっ? でも、一体何をしたの? 酷いようなら先生に言った方がいいと思う」

 近江君の笑いがまたぶり返した。

「そうだな、反対に言いふらしてやった方がいいのかもな。でも、遠山が心配する事は何もないから気にするな。お前、思い込んだら一心不乱になって無茶するタイプだな。それだけ擦れてなくて、まじめってことなんだろうけど」

 私は返事に困った。

 こうやって近江君と面と向かって話をしているだけでも落ち着かないし、自分でも信じられない行動に出て未だに足が地についてないふらつきを感じる。

 それなのに、近江君は普段めったに見せない笑顔を私に向けて、楽しそうにしている。

 クラスの中では、いつも一人で物静かに机について、誰も人を寄せ付けないのに、しかも上級生にまで絡まれて脅されているのに、それすらを悩むことなくこの態度は明るすぎた。

 益々近江君がわからなくなる。

 ただ不思議な人で片付けるには、何かがひっかかった。

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