毛づくろう猫の道しるべ
「あっ、大丈夫ですから。その、なんていうか、楽しく笑って教室を出ますので、誤解もされないと思います。本当にすみませんでした」

 一礼をした後は、脱兎のごとく教室を出て行った。

 後ろで笑い声が聞こえたが、気にしてる暇などなかった。

 血相を変えて廊下を走り、やっと見慣れた自分の下駄箱についた時、取り乱してハアハアと暫く喘いでいた。

 下駄箱を背にし、体を持たせかけてやっと一息つけるようになった。

 思い出せば、かーっと顔が熱くなってくる。

 やだ、もう忘れよう。

 早く家に帰りたい。

 そそくさと靴を履き替え、外に出れば、朝から降り続いていた雨が止んでいた。

 しかし、一時的な休息にすぎず、まだまだ第二段の雨がやってきそうに雲は垂れ込めたままだった。

 私の問題も一つ片付いたが、それが片付いたからといって希莉と仲直りできるとは限らなかった。

 願わくば雨降って地固まってほしいものだけど、地面のぬかるみを踏んだら、足元が簡単にぐちゃっとしてしまった。

「あーあ、やってしまった」

 爪先についた泥の汚れに不快な重みを感じてしまった。

 些細なものなのに──。

 その泥を見つめていると、希莉から自分に発せられた『鬱陶しい』という言葉が不意に蘇る。

「鬱陶しい……」

 知らずと声に出して呟いていた。

「そうだよね。この天気は鬱陶しいよね」

 後ろから突然話しかけられ、びっくりして振り返れば、そこには草壁先輩がテレポーションしてきたように立っていた。

「ああっ!」

「おいおい、そんなにびっくりしないでくれ。教室を出て行った時もそうだったけど、リアクションが激しいね。あの後皆でちょっと笑ってしまったよ」

「すみません」

 何を言われてもこの言葉しか出てこない。

「だから謝らなくていいって。余程俺達の事を怖がってるんだろうなって皆で話してたんだ。それでフォローしようと思って追いかけてきた」

 もちろんその通りではあった。

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