毛づくろう猫の道しるべ
「私が、訊かないことが原因? でも訊いても教えてくれないんだよ」

 さっきから堂々巡りをしているようで、なんだかいらついてきた。

 つい不満げに頬を膨らませて、感情を顔に表した。

 すると近江君はくすっと笑い、いきなり、本棚に片手をついて、壁ドンならぬ、本棚ドンをしてきた。

「ちょっと何よ」

「昔の俺だったらさ、こういうとき、こんな風にかっこつけてさ、遠山を口説いていたかも」

 目元をきりっとさせて迫ってくる遠山君が少し大人びて、その時の表情は世間を知った荒ぶった態度だった。

「一体なんなのよ」

「いや、気持ちを素直にぶつけてくる遠山が可愛く思えて、ちょっとからかいたくなった。お前やっぱり面白い」

「面白がられても困るんですけど。いつまでそのポーズのままでいる気?」

 その時、本棚の通路の端に女性が現れた。

 本棚に背を向けている私と、向かい側で本棚ドンしてる近江君のポーズを見て、はっとして驚いていたが、その後は見てみぬフリをして姿を消した。

 私は近江君の制服の裾を引っ張り、いつまでもそのポーズでいるなと牽制し、声無き声で「バカ」と罵った。

 近江君は懲りずに笑っていた。

 その時、オープンラックの棚の向こう、本の隙間から視線を感じ、睨むような目つきが見え、私はドキッとした。

 さっきの女生徒だった。

 変なところを見られたが、知らない人なのでその時は別にどうでもいいと思って、私はそそくさと何事もなかったようにその場を去った。

 近江君もちらりと、その女生徒のいる方向を見たが、気にせずに私の後を着いてきた。

 結局本を借りず、私達は教室に戻ってきたが、昼休み近江君と一緒に過ごせた事は少し気が紛れた。

 教室に入ったとたん、お互いまた見知らぬもの同士になるのが少し寂しく感じてしまったほどだった。

 近江君も、教室の中では私と露骨には接触しない。

 無視するわけではないが、教室の中ではどこか分け隔てたものがあった。

 異性と特別に仲良くするというのは、それなりに誤解も生じ易いのもあるが、近江君はやはりクラスの中では一人を貫きたいのかもしれない。

 でも席についていた近江君を見てたら、近江君も私に視線を向けて、粋な笑みを飛ばしてくれた。

 それが二人だけの秘密を共有してるみたいで、なんだかドキッとしてしまった。

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