毛づくろう猫の道しるべ
「えっと、その噂は聞いたような……」

 サッカー部のマネージャのことだろうか。

「ちょっと何よ、その言い方」

「でも、私は草壁先輩と知り合ったのは、ちょっとした偶然なだけです」

「いい、これ以上、草壁君には近づかないで。昨日、あなたが草壁君と一緒に帰ったせいで、櫻井さんがどれだけ辛かったか分かる?」

 サクライさんというのが彼女の名前なのか。

「そのサクライさんというのはどの方ですか」

 五人の顔を万遍に見てみたが、誰も名乗らないのでここにはいないようだ。

「とにかく、草壁君には櫻井さんがいるってこと忘れないでよ」

「は、はい」

 と返事したものの、自分ではよくわかっていない。

 ただこの状況が怖く、理不尽に思えて、居心地悪くて仕方がなかった。

 だけど、この五人はサクライさんのためにこうやって一致団結するのもすごい事だと素直に思ってしまう。

 私なんて、誰も感情移入されぬままに、私の肩を持ってくれるような友達がいない。

 ちょっぴりサクライさんが羨ましくも思えた。

 そんなサクライさんを応援する彼女達の熱き友情に感心してるとき、問題を真鍮に捉えてないと思ったのだろう。

 目の細い人が、さらに苛立った声を上げた。

「あなた、ちゃんと聞いてる? 少しは反省して謝ったらどうなの?」

 ふとこの時、心にわだかまりができた。

 謝る? 何に対して謝るというのだろう?

 私は何も悪いことしてないし、ただこの人達が勝手に怒って私を責めてるに過ぎない。

 事を収めるだけに謝るという行為が、この時ばかりとても馬鹿馬鹿しく思えた。

 いつもは希莉に口にしているというのに。

 理不尽に攻め立てられるこの人達の機嫌を取って、何になるというのだろうか。

 一年上なだけで、心まで支配されないといけないのか。

 この時反発心が芽生えてしまった。

「私、別に悪いことしてません。偶然草壁先輩と話しただけで、そんな責められることなんでしょうか。彼女がいる事も知らなかったですし、別に私は下心持って近づいたわけでもないです。ほんとに偶然に成り行きでこんな事になっただけです」

 納得行かない気持ちが言葉になって口から出ていた。

 この人達の前で、無意味に謝ることが私にはどうしてもできなかった。

「なんて生意気な一年生だろう!」

 舌打ちとともに、罵声のような軽蔑した声が浴びせられる。

 完全に五人を敵に回したと思ったその時、駆け込むように人影が入り込んできた。

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