スワロウテイル
「はぁ。情けないくらい何もないなぁ」

朝のHRで担任から配られたプリントを片手に一人ぼやいた。
修は『第一回 進路希望調査』の文字をじいっと睨みつける。

新学期早々、嫌なものを受け取ってしまった。

「何のはなし〜?」

舌足らずのちょっと甘えたような声に振り返ると、クラスメートかつバスケ部のマネージャーでもある長洲 沙耶が小首をかしげて微笑んでいた。

長洲は特別美人ではないけれど、男子にもてるタイプの子だ。
小柄で華奢な体型も、黒目がちで小動物みたいな顔立ちも、いかにも女の子らしくて可愛らしい。

「これ。真剣に考えてみたんだけど、何も思いつかないんだよな〜」

修はプリントの表側を見せながら、言った。

もうちょっと学生でいたいから就職はなしで進学。そこまでの希望はあるけれど、その先が難しい。

大学か専門学校か。 地元か上京か。

好きなこと。 やりたいこと。

本当に何も思いつかないのだ。


「長洲は大学?」

「うん。受かればの話だけど、東京の大学で看護師の勉強したいなって今は思ってる」


「そっか。ちゃんと考えてて、すごいなー」

長洲は自他共に認める天然キャラだけど、意外としっかりしてるんだよなぁとふがいない自分と比較して、修はますます落ち込んだ。


「バスケは? 大学では続けないの?」

上目遣いで長洲が修を見つめる。

「バスケ!? まぁサークルとかならありかな。 大学バスケをガチでやる実力じゃないのはマネージャーの長洲が一番わかってるだろ」

修が苦笑すると、長洲は可愛らしく頬を
ふくらませて怒ったような表情を作る。

「もうっ。そんなこと言わずに、まずはレギュラー目指して頑張ってね。 応援してるからね」

部員みんなに同じことを言ってるんだろうけど、可愛い子にそう言われて嫌な気はしない。
修は素直にありがとうと返事をした。

長洲は上京組か。井上は、木村は、バスケ部の他の奴らはどうするのだろう。

みちるは‥‥本人に直接聞いたことはないけれど、きっと東京だろうな。


毎日当たり前のように顔を合わせているメンバーも、あと1年と少しもすればバラバラになってしまう。

この狭い町では、中学までの卒業式は終業式とほぼ同義だった。
『また学校でな〜』
式が終わってもそんな風に言いあって手を振っていた。

高校卒業で、修は初めて友人との別れを経験することになるのだ。

ちっとも実感はわかないのに、漠然とした焦りだけは感じるのだから困ったものだ。
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