スワロウテイル
着替えを終えて、帰ろうとしたところで顧問に呼び止められた。

顧問の寺岡はいかつい大男だ。バスケの経験はほんの少しで、本格的にやっていたのは柔道らしい。うちの高校の柔道部は十年以上前に廃部になっていたので、今はバスケ部顧問におさまっていた。

その寺岡が渋い顔して、ゆっくりと口を開いた。


「修。なんで呼ばれたかわかるか?」

時代劇の俳優みたいに声も渋い。

「・・・レギュラーの件ですか」

「おう。 その顔だと、いい話じゃないのはわかってるみたいだな」

そりゃ、そうだ。今日も昨日もおとといも、修は何の活躍もしていない。
それでレギュラー確定だと期待するほど馬鹿じゃない。

「とりあえず初戦は橋本を使うぞ」

「はい」

修は俯いて、小さく答えた。
絶対レギュラーになりたいと思ってたわけでもないし、何となく橋本の方が上だろうなとは思っていた。

だけど、はっきり答えを突き付けられるとやっぱりショックだった。

寺岡は椅子の背もたれに身体を預け、ふぅと溜息をつくとまた一段と低い声で言った。

「さっき、何で自分でいかなかった?
確実にゴールできるチャンスだったろ?」

「・・・太田ならディフェンス抜いて、スリー決められると思ったからです。
実際、決めてくれたし」

嘘だ。本当は自分に自信がなかっただけだ。ノーマークなのにシュート外したらどうしよう。かっこ悪い。

足を踏み出そうとしたあの瞬間、そんな考えが頭をよぎった。

その迷いが太田にパスを出させた。
自信満々な太田に全て委ねて楽になってしまいたかった。

修はプレッシャーから逃げただけだ。


「まぁ今日に限っては、冷静で的確な判断だったって事になるがな〜。

お前はもっと我を出していかないと、強くなれんぞ。チームワークはもちろん大事だが、レギュラーだった三年や太田を見てみろ。自分が自分がって、前に出てくるだろ。 あれも大事だぞ」

寺岡はぼりぼりと頭をかきながら言った。修は紺色のジャージ姿の寺岡の肩に落ちる白いフケを見ていた。

「はい、頑張ります」

硬い声でそれだけ言った修の背中をバンと力強く寺岡が叩いた。
思いがけず、背筋が伸びて姿勢が良くなった修を見て寺岡はははっと笑った。

「まぁ、優しいのはお前の一番いいとこなんだけどな。
優しくて、強いを目指せ」

修はぺこりと頭を下げると、職員室を後にした。
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