スワロウテイル
◇◇◇
3月。 暦の上では春と呼ぶらしいが、霧里町ではまだまだ続く長い冬の真っ只中。
進むべき進路は見つけられず、レギュラーの座への執着もだんだんと薄れつつあった頃、修のクラスに季節外れの転校生がやってきた。
顔が小さく、手足はスラリと長い。
短く切り揃えられた黒髪が清潔な印象を与える。
「五條 玲二です。東京から来ました。
どうぞ仲良くして下さい」
担任に促されるままに定番の挨拶を口にすると、転校生はすっと頭を下げた。
ただお辞儀をしただけなのに、あまりの仕草の美しさに修は目を奪われた。
いや、修だけじゃなくクラスのみんなも同じだったみたいだ。
育ちの良さってやつだろうか。
取り立てて華やかな顔立ちではないのに、五條はものすごくかっこよかった。
身のこなしが洗練されていて、都会的。
もしかしたら、田舎者のコンプレックスで実際以上にそう見えているのかも知れないけど。
五條は一番前の席に座った。
初めから誰かに似てるなと思っていたけど、席に座った五條を見て修は答えに気がついた。
五條はどことなくみちるに似ていた。
修の目には、五條もまたこの町やこの学校にはどうしてもそぐわない別世界の人間のように見えた。
「そしたら〜誰か〜。あ、相沢いるか?」
唐突に担任に名前を呼ばれ、修は反射的に手を上げた。
「えっ。はい、いますけど」
「昼休みにでも五條に校内を案内してやってくれ〜」
40過ぎの冴えない中年男である担任は覇気のない声で語尾をやたらと伸ばす口調が特徴的だ。完全にサラリーマンとして教師をやってるタイプで熱心さのかけらもないが、そこが付き合いやすくもあり生徒からはわりと好かれている。
「いいっすけど、何で俺・・?」
学級委員でも日直でもないのに。
修は眉をひそめて、率直な疑問を口にする。
「相沢は美化委員だろ〜だからだよ」
適当な返事をする担任にクラス中からつっこみが入る。
「センセー、美化委員関係ないって」
みんなの笑い声に何となく話がまとまってしまった。
「相沢、頼んだぞ〜。 んじゃ、ホームルームは終了〜」
いつも通りまぁいっかと修は納得し、どこを案内したらいいのかなどと考えていると、五條が修の前までやってきた。
「どうした?案内は昼休みにするけど・・あ、トイレ?」
トイレに案内しようと席をたった修に五條が言った。
「いや。あのさ、校内なんて自分で適当に見て回るから気にしなくていーよ」
「あ、さっきの? 悪い。案内が嫌とかじゃないんだよ、全然。ただ、あの担任が俺のこと便利屋みたいに思ってるからさぁ」
慌てて弁解する修に五條はにこりと微笑んだ。嫌味のない爽やかな笑顔だった。
「だったら尚更だ。昼休みくらいゆっくりしてよ」
修はぽかんと口を開けたまま五條を見て、しばらくしてからぷはっと吹き出した。
「五條っていい奴だなー。東京の人間は冷たいっていうけど、そんなことないなぁ」
「・・東京の人間は冷たいって、そんなこと本当に言われてるんだ」
「うん。今まで東京から来た奴なんていなかったから遠慮なく言ってたなー。
けど五條が来たから、気を遣ってみんな言わなくなるかもな」
「それはありがたいな」
五條はははっと声をたてて笑った。
その瞬間、五條が別世界から修の世界に飛び込んできたような気がした。
仲良くなれそう。いや、仲良くしたいな。修は素直にそう思った。
3月。 暦の上では春と呼ぶらしいが、霧里町ではまだまだ続く長い冬の真っ只中。
進むべき進路は見つけられず、レギュラーの座への執着もだんだんと薄れつつあった頃、修のクラスに季節外れの転校生がやってきた。
顔が小さく、手足はスラリと長い。
短く切り揃えられた黒髪が清潔な印象を与える。
「五條 玲二です。東京から来ました。
どうぞ仲良くして下さい」
担任に促されるままに定番の挨拶を口にすると、転校生はすっと頭を下げた。
ただお辞儀をしただけなのに、あまりの仕草の美しさに修は目を奪われた。
いや、修だけじゃなくクラスのみんなも同じだったみたいだ。
育ちの良さってやつだろうか。
取り立てて華やかな顔立ちではないのに、五條はものすごくかっこよかった。
身のこなしが洗練されていて、都会的。
もしかしたら、田舎者のコンプレックスで実際以上にそう見えているのかも知れないけど。
五條は一番前の席に座った。
初めから誰かに似てるなと思っていたけど、席に座った五條を見て修は答えに気がついた。
五條はどことなくみちるに似ていた。
修の目には、五條もまたこの町やこの学校にはどうしてもそぐわない別世界の人間のように見えた。
「そしたら〜誰か〜。あ、相沢いるか?」
唐突に担任に名前を呼ばれ、修は反射的に手を上げた。
「えっ。はい、いますけど」
「昼休みにでも五條に校内を案内してやってくれ〜」
40過ぎの冴えない中年男である担任は覇気のない声で語尾をやたらと伸ばす口調が特徴的だ。完全にサラリーマンとして教師をやってるタイプで熱心さのかけらもないが、そこが付き合いやすくもあり生徒からはわりと好かれている。
「いいっすけど、何で俺・・?」
学級委員でも日直でもないのに。
修は眉をひそめて、率直な疑問を口にする。
「相沢は美化委員だろ〜だからだよ」
適当な返事をする担任にクラス中からつっこみが入る。
「センセー、美化委員関係ないって」
みんなの笑い声に何となく話がまとまってしまった。
「相沢、頼んだぞ〜。 んじゃ、ホームルームは終了〜」
いつも通りまぁいっかと修は納得し、どこを案内したらいいのかなどと考えていると、五條が修の前までやってきた。
「どうした?案内は昼休みにするけど・・あ、トイレ?」
トイレに案内しようと席をたった修に五條が言った。
「いや。あのさ、校内なんて自分で適当に見て回るから気にしなくていーよ」
「あ、さっきの? 悪い。案内が嫌とかじゃないんだよ、全然。ただ、あの担任が俺のこと便利屋みたいに思ってるからさぁ」
慌てて弁解する修に五條はにこりと微笑んだ。嫌味のない爽やかな笑顔だった。
「だったら尚更だ。昼休みくらいゆっくりしてよ」
修はぽかんと口を開けたまま五條を見て、しばらくしてからぷはっと吹き出した。
「五條っていい奴だなー。東京の人間は冷たいっていうけど、そんなことないなぁ」
「・・東京の人間は冷たいって、そんなこと本当に言われてるんだ」
「うん。今まで東京から来た奴なんていなかったから遠慮なく言ってたなー。
けど五條が来たから、気を遣ってみんな言わなくなるかもな」
「それはありがたいな」
五條はははっと声をたてて笑った。
その瞬間、五條が別世界から修の世界に飛び込んできたような気がした。
仲良くなれそう。いや、仲良くしたいな。修は素直にそう思った。